2つのリズムが、同じ会社で走っている
リクルートの新規事業を年表にすると、2本の線がはっきり分かれる。
1本目は海外。2015年にPeoplebank(豪)、Quandoo(独)、Chandler Macleod(豪)、Hotspring Ventures(英)を立て続けに買い、2016年にUSG People(蘭)、2018年にGlassdoor(米)。4年で6件、しかも大型が並ぶ。
2本目は国内。2013年11月のAirレジから始まり、2015年にAirペイ、2018年にAirシフト、2021年にAirカードとAirワーク採用管理、2022年にAirキャッシュとAirインボイス、2023年にAirワーク給与支払。10年かけて、ほぼ毎年1〜2本ずつ足している。
買うリズムと積むリズムが、まったく違う。同じ会社の中でこれだけテンポの違う新規事業が並行しているのは珍しい。
未確認事業年表
- 2015.01Peoplebank Holdings(豪)を子会社化豪州のIT人材派遣会社いま続いている
- 2015.03Quandoo(独)を子会社化欧州の飲食店予約サービスいま続いている
- 2015.04Chandler Macleod Group(豪)を子会社化豪州の総合人材サービス会社いま続いている
- 2015.05Hotspring Ventures(英)を取得欧州の美容予約サービス。2020年6月に別会社へ移した次へ渡した
- 2015Recruit Institute of Technology 設立シリコンバレーのAI研究所。のちにMegagon Labsへ改称いま続いている
- 2015.11Airペイ リリースiPad決済端末。Airレジから広がる「Air ビジネスツールズ」の中核いま続いている
- 2016.04スタディサプリへ統合受験サプリを終了し、月額制の動画学習サービスに一本化いま続いている
- 2016.06USG People(蘭)を子会社化欧州の人材派遣大手。のちにRGF Staffingへいま続いている
- 2018.04Airシフト リリースシフト作成・管理ツール。Airシリーズを労務側へ拡張いま続いている
- 2018.05Glassdoor 買収を発表企業口コミ・給与情報サイト。12億米ドル、約1,272億円次へ渡した
- 2021.01Airカード/Airワーク採用管理Airシリーズを金融とHRへ拡張いま続いている
- 2022.04Airキャッシュ/Airインボイス事業者向けの資金調達と請求業務のデジタル化いま続いている
- 2023.04Airワーク 給与支払 リリース給与計算・支払いまでAirシリーズに取り込んだいま続いている
- 2024Indeed PLUS(日本)リリース国内求人メディアの原稿をIndeedに集約する仕組みいま続いている
- 2025.04セグメント再編人材領域をHRテクノロジーへ移管。旧区分はMMTへ改称いま続いている
- 2025.07GlassdoorをIndeedへ統合HRテクノロジー部門で約1,300人の体制見直しをあわせて発表次へ渡した
同じ会社の中で、これだけテンポの違う新規事業が並行している例を、私はあまり知りません。
海外は4年で6件の大型買収。国内はAirレジから10年かけて毎年1〜2本ずつ。片方は一度で大きく動き、もう片方は止まらないかぎり効き続けます。
新規事業の方針を決める場では「うちはM&A型か、内製型か」という二択で議論されがちです。でもこの2つは時間の性質がまるで違うので、そもそも比べる対象ではないのだと思います。
12億ドルのブランドを、7年後に畳んだ
この10年でいちばん記録に残る判断は、Glassdoorだと思う。
2018年5月、リクルートはGlassdoorの買収を発表した。買収額は12億米ドル、日本円で約1,272億円。当時のGlassdoorは掲載企業77万社超、月間5,900万ユーザー超、従業員約750名、売上1億7,080万米ドルという規模だった。
その7年後、2025年7月。GlassdoorはIndeedに統合された。あわせてHRテクノロジー部門で約1,300人(同部門の約6%)の体制見直しが発表され、GlassdoorのCEOとIndeedのCHROが相次いで退任している。
ここで「1,272億円が消えた」と読むのは、たぶん正しくない。Glassdoorが持っていた企業の口コミと給与のデータは、統合後もIndeedの中に残る。買ったのはブランドではなく、データだったのではないか。そう読むと、7年でブランドを畳んだ判断にも筋が通る。
買収額のうち、相手の純資産を超えて支払った部分。ブランド力や人材、顧客基盤など、目に見えない価値に対する対価です。買った事業が想定どおりにいかないと、この部分を減損として損失計上することになります。
買収の企画書に、「この買収で本当に手に入れたいものは何か」を1行で書く欄を作ってみてください。
ブランドなのか、データなのか、人なのか、顧客基盤なのか。そこに書いたもの以外は、あとで捨てられます。
Glassdoorは1,272億円で買われ、7年後にブランドを畳まれました。それでも企業の口コミと給与のデータはIndeedの中に残っています。買った時点で何を取りにいったのかがはっきりしていたから、名前を消す判断ができたのだと思います。曖昧なまま買うと、名前を残すこと自体が目的化します。
名前を消すことに、躊躇がない
その仮説を補強するのが、この会社の「改称の多さ」である。
- USG People → RGF Staffing
- Recruit Institute of Technology → Megagon Labs
- Glassdoor → Indeedへ統合
買った会社の名前を残しておくことは、買収された側への配慮でもあり、既存顧客への配慮でもある。それでもリクルートは、基盤に寄せるほうを選び続けている。ブランドより仕組みを優先する型が、10年一貫している。
Airレジは、いちばん地味で、いちばん長い
海外の買収に目を奪われがちだが、国内の積み上げのほうも数字は大きい。
2024年9月末時点で、Airレジは90.4万アカウント、Airペイは50.4万アカウント。2013年11月にレジのアプリ1本から始まって、決済、シフト、カード、採用管理、資金調達、請求、給与支払まで広がった。
この10年、派手な発表はほとんどない。毎年1つずつ機能が足されているだけだ。しかし店の業務のうち、レジから給与までがひと続きになった時点で、乗り換えのコストは相当高くなっている。
買収は一度で大きく動くが、積み上げは止まらないかぎり効く。この2つを同時に走らせているのが、リクルートの新規事業の形だと思う。
2024年からは、入口を1つに寄せている
直近の動きは、方向がはっきりしている。
2024年、Indeed PLUS(日本)がリリースされ、国内の求人メディアの原稿がIndeedの基盤に集約される仕組みが始まった。2025年4月1日にはセグメントが再編され、国内の人材領域がHRテクノロジーへ移管された。そして2025年7月、GlassdoorがIndeedへ統合された。
3つとも、複数あった入口を1つのエンジンに寄せるという同じ方向を向いている。組織図の変更も、Indeedを中心に置き直す動きとして読める。
HRテクノロジーセグメントの売上は、2026年3月期で1兆4,584億円。2012年に買った1社が、いまグループの中核になっている。
担当者の視点で見ると
この会社でいちばん珍しいのは、テンポの違う2本を同時に走らせていることだと思う。
海外では2015年から2018年までの4年で6件、しかも大型の買収が並ぶ。国内では2013年11月のAirレジから、ほぼ毎年1〜2本ずつ機能を足してきた。決済、シフト、カード、採用管理、資金調達、請求、給与支払。10年で1本の線になっている。
新規事業の方針を決める場面では、「うちはM&A型か、内製型か」という二択で議論されることが多い。だがこの2つは時間の性質がまるで違うので、そもそも比べる対象ではない。買収は一度で大きく動くかわり、動いたあとの統合に時間がかかる。積み上げは1年あたりの見栄えがしないかわり、止まらないかぎり効き続ける。
ひとつ弱点も書いておきたい。積み上げ型は、つながるまで効果が出ない。Airレジが90.4万アカウント、Airペイが50.4万アカウント(2024年9月末)まで来て、レジから給与支払までがひと続きになった時点で、ようやく乗り換えコストが跳ね上がる。その手前の数年は、社内で評価されにくい期間になる。走らせるなら、その期間をどう説明するかまで含めて設計することになる。