同じ問いに、3回
2018年、創業100周年のパナソニックは「くらしアップデート業」を掲げた。その象徴がHomeXだった。家電も住空間もつないで、家庭の中にひとつのOSを置く、という構想である。
HomeXは2025年12月31日にサービスを終えた。
その前の2021年9月、パナソニックは米国でYohanaを始めている。共働き家族の「名もなき家事」を、人が代行するサブスクだ。2022年に日本、2024年に全国展開まで進み、2025年9月に米国、2026年1月に日本で提供を終えた。
そして2024年、Panasonic Wellが立ち上がり、2025年1月のCESでAIサービス「Umi」が発表された。この本部は2026年3月31日に発展的解消の予定と公表されている。
技術も座組も違うが、3つとも同じ問いに向かっている。家庭の中の面倒ごとを、誰がどうやって束ねるのか。
未確認事業年表
- 2016ゲームチェンジャー・カタパルト 開始社内公募型の新規事業創出プログラム。SXSWなどで試作を世に出すいま続いている
- 2017.07100BANCH 開設渋谷の実験拠点。35歳未満のプロジェクトに場と伴走を提供いま続いている
- 2018.03BeeEdge 設立Scrum Venturesとの合弁。社内アイデアを切り出して事業会社にするいま続いている
- 2018.10HomeX 本格始動家電と住空間をつなぐくらしのOS構想。2025年12月末に提供を終えた次へ渡した
- 2020.01プライム ライフ テクノロジーズ 設立トヨタ・三井物産と組んだ住宅・まちづくりの統合持株会社いま続いている
- 2021.02太陽電池の生産終了を発表三洋電機由来のセル・モジュール生産を終え、販売のみ継続次へ渡した
- 2021.04Blue Yonder 完全子会社化を発表サプライチェーン計画ソフトの米大手。取得総額71億ドルいま続いている
- 2021.06保有テスラ株を全売却約4,000億円で売却。協業自体は継続次へ渡した
- 2021.09Yohana 米国で開始共働き家族の家事を人が代行するサブスク。2026年1月に終えた次へ渡した
- 2022.04パナソニック コネクト 発足持株会社制への移行に伴い、B2Bを1社に束ねた事業会社いま続いている
- 2022.07Vieureka 営業開始エッジAI基盤を別会社化。同社初のカーブアウトいま続いている
- 2024.03車載機器事業の持分をアポロへ企業価値3,110億円。過半を移し、少数株は保有継続次へ渡した
- 2025.01AIサービス「Umi」発表家族のウェルネスをAIで支える。Panasonic Well本部は2026年3月に発展的解消の予定次へ渡した
- 2025.07カンザス電池工場 量産開始北米での車載電池の内製拠点。投資額は約40億ドルと報じられたいま続いている
7年で3回挑めたことのほうが、珍しい
ここで「3つとも続かなかった」と書くのは簡単だが、記録を読むかぎり、そう単純ではないと思う。
ふつうの会社なら、1回目でつまずいた時点でこのテーマから離れる。社内で「あれはやったけどダメだった」という記憶が残り、次の企画が通らなくなるからだ。パナソニックは7年のあいだに、同じ問いへ3回、方法を変えて挑んでいる。
HomeXは技術(OS)で解こうとした。Yohanaは人(コンシェルジュ)で解こうとした。UmiはAIで解こうとした。同じ問いに対して、当てる手を毎回変えている。
いま家庭のアシスタントを本気で狙っているのは、GoogleとAmazonとAppleである。そこに家電メーカーが3回挑んだこと自体は、記録として残す価値があると思う。
「3つとも続かなかったですね」と言われたら、私はこう答えると思います。
いや、7年で3回も挑めたことのほうが、はるかに珍しいですよ、と。
新規事業でいちばん怖いのは、1回目の記憶が社内に残って、2回目の企画が通らなくなることです。「あれはやったけどダメだった」という一行が資料に残った瞬間、そのテーマは何年も封印されます。
この会社は、同じ問いに方法を変えて3回向かっています。問いを担当者や案件ではなく、会社のテーマとして残せているということだと思います。これは仕組みの話です。
うまくいかなかったときの記録は、評価ではなく事実で残してください。
「あれは失敗した」と書かれた資料からは、次の企画は生まれません。「この方法では、ここまでは届いて、ここから先が届かなかった」と書いてあれば、次の人は別の方法を持ってこられます。
記録の書き方が、次の挑戦の可否を決めてしまう。NEWFORが否定の言葉を使わないと決めているのも、まさにこのためです。
その裏で、桁の違う金が動いていた
同じ7年を、金額の側から見るとまったく違う絵になる。
2021年4月、パナソニックはBlue Yonderの残り80%の取得を発表した。企業価値85億ドル、取得総額71億ドル。サプライチェーン計画ソフトの米大手である。翌2022年4月、B2Bを束ねるパナソニック コネクトが発足し、Blue Yonderがその中核に置かれた。
2025年7月には、カンザスの車載電池工場が量産を始めた。投資額は約40億ドルと報じられている。
HomeXやYohanaの投資額は公表されていない。ただ、この2件と比べれば桁が違うのは間違いない。語られるのはB2Cのサービスで、金が動いているのはB2Bのソフトと電池だった。
買ってから、器を作った
Blue Yonderの順序には注目したい。2021年4月に買収を発表し、その1年後の2022年4月にパナソニック コネクトを発足させている。
ふつうは器を作ってから買う。この会社は、買ってから器を作った。71億ドルを先に払って、それを収める組織をあとから設計している。持株会社制への移行(2022年4月)と時期が重なるのも、偶然ではないだろう。
会社の一部門や技術を切り出して、独立した会社にすること。外部から出資を受けやすくなり、意思決定も速くなります。パナソニックのVieurekaは、親会社が32.967%しか持たない形で外に出されました。
持たない判断の連続
この7年でもうひとつ目立つのは、手放す判断の多さである。
- 2021年2月:太陽電池のセル・モジュール生産を終了(販売は継続)
- 2021年6月:保有していたテスラ株を全売却。約4,000億円
- 2024年3月:車載機器事業の持分をアポロへ。企業価値3,110億円
テスラ株の取得原価は約24億円だったとされる。それが約4,000億円になって戻ってきた。既存の持ち物を売って、新しい領域に入れ替える。Blue Yonderの71億ドルは、こうして作った原資と無関係ではないはずだ。
出す仕組みを、段階的に整えた
最後に、社内から事業を出す仕組みについて。
2016年にゲームチェンジャー・カタパルト、2017年に100BANCH、2018年にBeeEdge。BeeEdgeはScrum Venturesとの合弁で、社内アイデアを切り出して事業会社にするための器である。そして2022年、エッジAI基盤のVieurekaが同社初のカーブアウトとして独立した。
Vieurekaの出資構成は、パナソニックHDが32.967%、JVCケンウッドが32.967%、WiLが31.868%。元の会社が3割しか持たない形で外に出している。
社内で始めた事業が、本体に残らないことを前提に設計されはじめている。この変化のほうが、個別の事業の行方より大きな話かもしれない。
担当者の視点で見ると
3回挑んだ話とは別に、この7年からは金額の側の学びが取れる。
ひとつ。語られる事業と、金が動く事業は違う。社内外で話題になるのはHomeXやYohanaのようなB2Cのサービスだが、この7年で実際に動いたのはBlue Yonderの71億ドルと、カンザス電池工場の約40億ドルである。HomeXとYohanaの投資額は公表されていないが、桁が違うのは間違いない。新規事業の予算配分を議論する場で、話題性と金額を混同すると判断を誤る。
ふたつ。原資は、既存の持ち物から作れる。2021年6月にテスラ株を全売却して約4,000億円。取得原価は約24億円だったとされる。同じ年に太陽電池のセル生産を終え、2024年には車載機器の持分を企業価値3,110億円で手放している。売って、入れ替える。
新規事業の予算を「新しく認めてもらうもの」と考えるか、「既存資産の組み替えで作るもの」と考えるかで、動ける幅はかなり変わる。この会社の7年は、後者で説明がつく。