銀行がスタートアップに近づく入口は、5つある
三菱UFJ FGの40件を並べていて、いちばん整理しがいがあったのはスタートアップとの関わり方だった。ばらばらに見えた記録が、数えてみると5通りに分かれる。
1つめは育てる。2015年、国内の銀行として初のスタートアップ育成プログラム「MUFG Digitalアクセラレータ」を始めた。1期あたり約5社を採択し、第6期まで実施している。
2つめは出資する。2019年1月、CVC専業のファンド運営会社「MUFG Innovation Partners」を資本金5億円で設立した。2024年9月には生成AIのSakana AIへ出資し、本邦事業会社で最大の投資家になっている。
3つめは買う。2022年12月にプリペイド「バンドルカード」のカンムを子会社化し、2025年1月にはウェルスナビを公開買付けで子会社化した。
4つめは組む。2019年2月に米Akamaiと決済ネットワーク会社を共同設立し、2024年6月にリクルートと法人口座開設の仲介などで協業、2026年5月にはGoogleとリテール領域のAIエージェントで提携している。
5つめは顧客として支える。2024年5月の「MUFGスタートアップキット」は、口座開設や決済、ファクタリング、株主管理といったグループ各社の機能を、創業期の会社向けにまとめたものだ。
事業稼働チャート
5つ並べてみて、順番に意味があると思いました。
2015年は「育てる」から入っています。お金を出すのでも買うのでもなく、場を用意するところから始めている。
そのあとにCVC、子会社化、そして2026年の500億円ファンドと続きます。近づき方が、年を追うごとに重くなっている。この順番は、組む側から見ても読みどころだと思いました。
出資は、いきなり全部ではない
この会社の出資の仕方には、はっきりした型がある。一度に全部を取らない。
ウェルスナビの例がわかりやすい。2025年1月21日に出た公開買付けの結果によれば、買付け前の所有割合は15.13%だった。そこへ1株1,950円で公開買付けを実施し、46,563,404株の応募を全数買い付けた。買付総額は約908億円。結果、所有割合は92.45%になった。
上場している会社の株を買い集めたいとき、「1株いくらで、何株買います」と広く公表して募る方法です。市場でこっそり買い集めるのではなく、条件を先に示して手を挙げてもらいます。株主にとっては、売るか持ち続けるかを自分で選べる仕組みです。
同じ型は海外でも使われている。インドネシアのバンクダナモンは、2017年12月に19.9%を取得して「第1段階が完了」と発表され、2019年4月に追加取得で94.0%まで引き上げて連結子会社化した。発表資料には「第3段階」と書かれている。段階を数えながら進んでいる。
大手からの出資は、比率で意味が変わります。
三菱UFJ FGの記録では、15.13%(ウェルスナビ・公開買付け前)、19.9%(バンクダナモン・第1段階)、49.0%(Progmat)、80%(GO-NET)、92.45%(ウェルスナビ・買付け後)と、案件ごとに比率が違います。
最初の比率は、最後の比率ではありません。いま何%を渡すかを考えるとき、その先に段階があることも一緒に置いて話すと、交渉の景色が変わります。
500億円のファンドが、2026年に動き出す
2026年2月3日、三菱UFJ銀行が設立した「株式会社アルテミスベンチャーズ」が事業を始めた。設立は2025年10月27日である。
投資の対象は日本のグロース企業、つまりミッド・レイターステージのスタートアップ。三菱UFJ銀行と三菱UFJ信託銀行が無限責任組合員となり、国内外の投資家からのLP出資も予定している。初号ファンド「アルテミス1号投資事業有限責任組合」は2026年4月の設立を予定し、総額500億円規模を想定している。
この発表の中に、市況の数字がある。
日本のスタートアップの年間資金調達額は約8,000億円。過去10年間で約10倍に増加している
8,000億円の市場に、1本で500億円規模のファンドが加わる、という話である。しかも狙いは創業期ではなく、もう少し先まで進んだ会社だ。
未確認事業年表
- 2008.10モルガン・スタンレーへ出資リーマン危機下で総額90億米ドルを払い込み、転換型優先株など2種で構成。潜在議決権ベース約21%を保有する筆頭株主となった継続中
- 2013.07タイ・アユタヤ銀行の買収を決定1株39タイバーツで公開買付を実施し、発行済株式の最大約75%を取得する計画。取得総額は約5,600億円を見込み同年12月に子会社化継続中
- 2015MUFG Digitalアクセラレータ開始国内の銀行として初のスタートアップ育成プログラム。1期あたり約5社を採択し第6期まで実施。第6期をもって提供を終えた役目を終えた
- 2017.07Japan Digital Design設立100%出資のデジタル戦略子会社。資本金30億円で、金融のUI/UX設計やデータ分析、先端技術の研究開発を担う継続中
- 2017.12バンクダナモンへ戦略出資インドネシア大手商業銀行の株式19.9%を取得し第1段階が完了。以降3段階に分けて出資比率を引き上げる計画を公表した継続中
- 2018.04MUFG AI Studioの新設グループ独自のAIモデル開発・研究を目的とする組織を4月27日に設置。内外のリソースを集約し実装を速めた継続中
- 2018.10豪CFSGAMの買収を決定コロニアル・ファースト・ステートの資産運用子会社9社を100%取得。取得額は約40億豪ドル、運用資産は約2,100億豪ドル継続中
- 2019.01MUFG Innovation Partners設立CVC専業のファンド運営会社。資本金5億円で発足し、1号ファンドの出資約束金額は200億円継続中
- 2019.02Global Open Networkを共同設立米Akamaiと決済ネットワーク会社を設立。出資比率はMUFG80%、Akamai20%、資本金2億5千万円。2022年に提供を終えた役目を終えた
- 2019.02カブドットコム証券をKDDIと共同運営KDDI側が49%、三菱UFJ証券HDが51%を保有する体制へ移行。2025年1月にMUFGが100%を取得し共同運営を終えた役目を終えた
- 2019.03DVBバンクの航空機金融事業を買収独DVB銀行から航空機ファイナンス関連事業を譲り受け。対象の貸出債権は約56億ユーロ、約7,163億円規模継続中
- 2019.04バンクダナモンを子会社化追加取得で出資比率を94.0%へ引き上げ連結子会社化。第3段階の取得額は約3,970億円継続中
- 2020.02配車大手Grabへ出資東南アジアのスーパーアプリ運営会社へ最大7億600万米ドル(約783億円)を出資。339都市の顧客基盤で金融サービスを共同展開する継続中
- 2020.09大阪に会員制イノベーション拠点観光とイノベーションの新結合を掲げる共創拠点を約300坪で開設。参画企業17社、パートナー4団体で2021年2月に稼働した継続中
- 2021.09MUFGユニオンバンクの譲渡を決定米U.S. Bancorpへ譲渡する契約を締結。対価は総額約176億米ドルで、USB発行済株式の約2.9%も受領する構成とした役目を終えた
- 2021.12Money Canvas提供開始資産形成の総合サポートサービスを開始。株式や投資信託など複数社の商品を集約し、2022年4月に保険も追加した継続中
- 2022.02GO-NETの事業停止を決定2019年4月設立、2021年4月に事業開始した高速決済ネットワーク。黒字化が見込めず開始1年たらずで提供を終えた役目を終えた
- 2022.07MUFGトレーディング設立三菱UFJ銀行が100%出資し7月1日付で登記。商品の購入・売却を通じた貿易金融サービスの提供を手がける継続中
- 2022.08Animoca Brands日本法人へ出資Web3・NFT領域の協業に向け2,250万米ドルを出資。2021年10月設立の日本法人と組み国内のNFT事業を開拓する継続中
- 2022.11Home Creditの比・尼2社を買収フィリピン社を100%、インドネシア社を85.0%取得する契約を締結。総額596百万ユーロ、約870億円継続中
- 2022.12MUFGユニオンバンクを譲渡米U.S. Bancorpへの譲渡が完了。対価として現金55億米ドルとUSB株式約4,400万株(発行済の約3%)を受領した役目を終えた
- 2022.12Akulakuへ2億米ドル出資インドネシア発のBNPL・デジタル金融事業者へ2億米ドル(約260億円)を出資。東南アジアのリテール金融を強化した継続中
- 2022.12カンムを子会社化プリペイド「バンドルカード」を手がけるフィンテック企業の株式を取得。アプリの累計ダウンロードは600万件超継続中
- 2023.02ジャパン・メタバース経済圏オープンなメタバース基盤の構築へ10社で基本合意書を締結。異なるメタバース間の相互運用によるエコシステム形成を目指す継続中
- 2023.06PT Mandala Multifinanceを買収インドネシアの二輪車ローン大手の株式80.6%を約660億円で取得する契約を締結。三菱UFJ銀行が70.6%、ADMFが10%を保有継続中
- 2023.10Progmat設立デジタルアセットの共通基盤会社を8社共同で設立。三菱UFJ信託銀行が49.0%を出資し、資本金は1億円継続中
- 2023.12豪Link Administrationを買収株主名簿管理などを手がける豪上場企業を1株2.10豪ドル、総額1,110百万豪ドルで100%取得する契約を締結した継続中
- 2024.05MUFGスタートアップキット口座開設や決済、ファクタリング、株主管理などグループ各社の支援サービスを一括案内。5月16日に提供開始継続中
- 2024.06リクルートとの協業開始法人口座開設の仲介などで協業。オンライン融資Biz LENDINGは申込から実行まで最短2営業日で提供する継続中
- 2024.09Sakana AIへ出資生成AI開発企業へ出資し本邦事業会社で最大の投資家に。同社は2023年7月設立、約1年で企業価値10億ドルを超えた継続中
- 2024.11auじぶん銀行株式をKDDIへ譲渡保有する22%をKDDI側へ譲渡し、同時にauカブコム証券の49%を取得。2025年1月末に完了した役目を終えた
- 2025.01ウェルスナビをTOBで子会社化1株1,950円で公開買付を実施し、所有割合は92.45%に到達。ロボアドバイザーによる資産運用サービスを取り込んだ継続中
- 2025.02MSと共同のクレジット新会社設立三菱UFJモルガン・スタンレー証券が100%出資し2月17日に登記。金銭の貸付や債務保証、金銭債権の譲受を手がける継続中
- 2025.05金融ブランド エムット 始動銀行口座アプリを軸にグループの金融サービスを束ねる新ブランド。2025年6月2日に始動した継続中
- 2025.10デジタルアセット事業を開始債券セキュリティトークンの取り扱いを開始し、デジタル証券取引サービスASTOMOを提供。スマホから10万円で投資できる継続中
- 2026.02アルテミスベンチャーズ事業開始市場部門発のベンチャー投資会社が始動。2025年10月27日に登記し、総額500億円規模のファンド組成を想定する継続中
- 2026.03エムットの資産形成新会社を設立へ三菱UFJ eスマート証券とウェルスナビを2027年度中に経営統合。2026年度第1四半期をめどに中間持株会社を設立する継続中
- 2026.05Googleとの戦略的提携リテール領域でAIエージェントを使う購買・決済支援などで協業。YouTube Premiumの3ヶ月無料提供なども実施する継続中
- 2026.05Apps in ChatGPTで金融体験ChatGPT上で口座残高や取引明細を対話的に確認できるサービスを5月28日に開始。マネーツリーと共同で提供する継続中
この記事を書きながら、いちばん実用的だと思ったのはここでした。
大手の出す金額と段階を知っておくと、自分がいまどの入口の前に立っているかがわかります。
育成プログラムなのか、CVCの出資なのか、500億円ファンドの射程なのか。入口ごとに、相手が見ている時間の長さが違う。それを先に知っておくのは、たぶん損になりません。
挑戦する人の視点で見ると
三菱UFJ FGの40件から持ち帰れるものは、「大手は1つの入口から来るわけではない」ということだと思う。
育成プログラム、CVC、子会社化、提携、法人サービス。5つの入口はそれぞれ別の部署が、別の目的で開けている。だから「銀行と組む」と一言でいっても、どの入口の話かで、相手の見ている時間も、渡すものも変わる。
もうひとつは、比率の話だ。ウェルスナビは15.13%から92.45%へ、バンクダナモンは19.9%から94.0%へ。最初に渡した比率は、その時点の合意であって、終わりの比率ではない。この年表は、その途中経過を日付つきで見せてくれる数少ない記録である。
最後に、時間の話。2015年の育成プログラムから2026年の500億円ファンドまで11年かかっている。銀行がスタートアップとの距離を詰めるのに、それだけの年数が使われた。いま目の前にある入口は、11年ぶんの試行の先にできたものだと思って眺めると、少し違って見えると思う。