2026年、4つの区切りが並んだ
2026年2月末、wena 3の全サービスが終わった。3月25日、ソニー・ホンダモビリティが開発していたEV「AFEELA 1」の発売中止が決まった。4月21日には、そのソニー・ホンダモビリティ自体の事業縮小が3社で合意され、従業員は原則全員が両親会社などへ再配置されることになった。6月25日、aiboの国内販売終了が発表された。
4か月のあいだに、4つの新規事業が区切りを迎えている。
ところが同じ2026年の4月、ソニーは新しいファンドの運用を始めている。Sony Innovation Fund 4。目標規模は200億円超で、これによりファンド全体の運用総額は850億円超になる見込みだ。止めるものと張るものが、同じ12か月に並んでいる。
事業稼働チャート
4か月で4つの区切り。そして同じ年に、850億円超のファンド。
この2つを別々のニュースとして読むと、ソニーという会社を見誤ると思います。止めたから、張れるのです。逆に言えば、止められない会社は次に張る余力を持てません。
これから見ていくのは、事業そのものの話ではありません。この会社がいちばんうまく作ったのは、事業を生み、育て、手放すための「仕組み」のほうだったという話です。
制度を作って、制度を売った
ソニーの新規事業を語るときに、いちばん見落とされているのは制度のほうだと思う。
2014年、社内公募で事業アイデアを募る制度が始まった。Seed Acceleration Program、のちのSony Startup Acceleration Program(SSAP)である。ここから生まれた事業として、wena、MESH、toio、KOOV、REON POCKETといった名前が挙がる。
この制度から事業化されたのは、公開されている記事によれば「20数件程度」。年間の応募は数十件から100件程度だという。数だけ見れば、劇的な数字ではない。
ところが2018年10月、ソニーはこの制度自体を社外に提供しはじめた。他社の新規事業づくりを支援する事業にしたのだ。その支援実績は、2026年6月時点で27業種・1,050件超。自社で作った事業の数を、50倍近く上回っている。
新規事業の成功率を上げようとした会社が、成功率そのものではなく「上げ方のノウハウ」で回収する。この二段構えは、日本の大企業の中でもかなり珍しい形だ。
ここ、私はいちばん興奮したところです。
新規事業の成功率を上げようとした会社が、成功率そのものではなく「上げ方のノウハウ」で回収している。自社の事業化は20数件、社外支援は1,050件超。50倍です。
「うちの制度は当たりが出ない」と社内で言われている方、いらっしゃると思います。私も言われた側です。でもソニーの記録を見ると、当たりが出なかった経験も含めた一連のノウハウが、それ自体で商品になっている。視点を変えるだけで、部署の評価が180度変わりうるということです。
2014年に社内公募制度として始まり、2018年から社外へも提供されている新規事業支援の仕組み。アイデアの募集から事業化、量産、販売までを一貫して支援します。制度そのものを商品にした例として、日本の大企業ではかなり珍しい形です。
外に出してから伸びたもの
ソニーの記録を並べていて、もうひとつ目につくのは「手放したあとに大きくなった事業」の多さである。
2000年に設立されたソネット・エムスリーは、いまエムスリーとして東証プライムに上場し、ソニーグループの持分法適用関連会社になっている。2014年設立のソニー不動産は、2019年にSREホールディングスへ社名を変えて上場した。2012年に発売されたnasneは、ソニーが生産を終えたあと、2021年にバッファローが事業を継承して新製品を出している。
手放したのに続いている、というより、手放したから続いた、と読むほうが自然な例が並ぶ。大企業の中では通しにくい判断も、外に出れば自分たちの裁量で決められる。
金融は、上場と非公開を往復した
いちばん時間のかかった新規事業は、おそらく金融だ。
1979年にソニー・プルーデンシャル生命として始まり、1998年にソニー損保、2001年にソニー銀行が加わった。2004年に持株会社化し、2007年に東証一部へ上場。ところが2020年9月、ソニーはこれを完全子会社化して一度非公開にしている。そして2025年9月29日、日本初のパーシャル・スピンオフという形で、東証プライムに再上場した。
ソニー株1株につきソニーフィナンシャルグループ株1株を現物配当する形で、株主に直接渡された。46年かけて始めた事業が、上場と非公開を往復したうえで、株主の手元に戻ったことになる。
未確認事業年表
- 2000ソネット・エムスリー 設立医師向けポータル。のちにエムスリーとして独立し、いまは持分法適用関連会社いま続いている
- 2001.04ソニー銀行 設立個人向けネット銀行。翌6月に営業開始いま続いている
- 2014.04ソニー不動産 設立片手仲介とAI査定を掲げた不動産事業。2019年にSREホールディングスへいま続いている
- 2014社内起業制度 SAP 開始社内公募で事業アイデアを募る制度。2018年10月から社外にも提供いま続いている
- 2015First Flight 開始自社クラウドファンディング。社内案件が世に出る前の関門になったいま続いている
- 2015.08エアロセンス 設立ZMPとの合弁。産業用ドローンによる測量・点検いま続いている
- 2016Sony Innovation Fund 設立CVC。全世界170社超に投資し、運用総額は850億円超の見込みいま続いている
- 2016.06wena wrist 発売好きな腕時計をスマートウォッチ化するバンド。2026年2月にサービスを終えた次へ渡した
- 2018.01aibo(ERS-1000)発売12年ぶりに復活した自律型ロボット。2026年6月に国内販売を終えた次へ渡した
- 2018.08Ginza Sony Park 第1期開園ビル跡地を「公園」にした実験。3年で854万人が訪れたいま続いている
- 2019.03toio 発売キューブ型ロボットトイ。遊びと学びを組み合わせたいま続いている
- 2019.07REON POCKET クラウドファンディング首元を冷やす/温めるウェアラブル。翌年に一般販売へいま続いている
- 2020.04Sony AI 設立ゲーム・イメージング・食を柱にしたAI研究組織いま続いている
- 2021.09Airpeak S1 発売αを積めるプロ向けドローン。2025年3月末に販売を終えた次へ渡した
- 2021.08Crunchyroll 買収北米最大級のアニメ配信。11億7,500万ドルいま続いている
- 2022.02Bungie 買収『Destiny』の開発会社を36億ドルで取得いま続いている
- 2022.10ソニー・ホンダモビリティ 設立ホンダと折半出資のEV合弁。資本金100億円次へ渡した
- 2023.01mocopi 発売6個のセンサーとスマホだけの全身モーションキャプチャーいま続いている
- 2024.12KADOKAWA へ約500億円を追加出資議決権約10%で筆頭株主に。IPの海外展開で協業いま続いている
- 2025.09ソニーフィナンシャルグループ 再上場日本初のパーシャル・スピンオフ。東証プライムへいま続いている
- 2026.04Sony Innovation Fund 4 運用開始200億円超を目標。SIF全体で850億円超の見込みいま続いている
親会社が子会社の株式を、株主へ現物配当という形で直接渡し、その子会社を独立して上場させる方法。2023年の税制改正で日本でも使いやすくなりました。ソニーフィナンシャルグループの2025年の再上場が、日本初の適用例です。
ハードは、第1号機で終えることをためらわない
一方、ハードウェアの新規事業には共通のリズムがある。
Airpeak S1は2021年9月に発売され、2025年3月末に販売を終えた。ソニーは「事業やブランドの終了ではない」と説明している。wena 3は2020年に出て2026年2月にサービスを終えた。Xperia TouchとXperia Hello!は2017年発売で、2023年3月に独自機能の提供を終えた。
いずれも第1号機、あるいは第3世代までで区切りがついている。プラットフォームに育たなかったものは、ブランドを残したまま製品を止める。これがソニーのハード新規事業の型に見える。
この判断は、外から見れば「早い」と映る。ただ、続けることの費用は在庫や生産だけではない。サポート、部品供給、ソフトの更新。10年続けると決めた瞬間から、その全部を抱えることになる。区切りをつけるのは、次に張るための判断でもある。
ハードウェアの企画を出すなら、「10年続ける前提で始めるのか、3年で見極める前提で始めるのか」を、始める時点で書いておいてください。
続けるコストは在庫と生産だけではありません。サポート窓口、部品供給、ソフトの更新。10年続けると決めた瞬間から、その全部を抱えることになります。
決めていないから止められなくなる、というのは私自身にも身に覚えがあります。ソニーが第1号機や第3世代で区切るのは、冷たいからではなく、最初にそう設計しているからだと思います。
2024年以降、持分を取る動きが増えた
記録を年代順に見ていくと、2021年あたりを境に重心が動いていることがわかる。
2021年8月のCrunchyroll買収が11億7,500万ドル、2022年2月のBungie買収が36億ドル。2024年12月にはKADOKAWAへ約500億円を追加出資し、議決権約10%の筆頭株主になった。自社で立ち上げるより、既にあるものの持分を取る動きが増えている。
同じ時期に、自社で立ち上げたAFEELA、aibo、wenaが止まっている。この2つは無関係ではないだろう。限られた資源を、確度の高いところへ寄せているように見える。
担当者の視点で見ると
ソニーの記録で実務に効くのは、新規事業部門をどう評価するかという論点だと思う。
SSAPが自社で事業化したのは20数件。応募は年間で数十件から100件程度。この数字だけを持って役員会に行けば、たいていの会社では「歩留まりが悪い」という評価になる。ところが同じ制度の社外支援実績は、27業種1,050件超である。事業の数では及ばない指標が、ノウハウの提供数では50倍近くになっている。
2026年の見え方も同じ構造をしている。2月から6月までの4か月でwena 3、AFEELA 1、ソニー・ホンダモビリティ、aiboと4つの区切りが並んだ。ここだけ切り取れば、事業をたたんだ年のように見える。だが同じ年の4月に、運用総額850億円超になるファンドの運用が始まっている。
どの数字を成果として置くかで、同じ部門がまったく違って見える。新規事業の担当者にとって、これは他人事ではないと思う。事業の件数だけを成果に置いた瞬間、制度も、止めた判断も、外に出した事業も、全部マイナスとして数えられることになる。