事業より先に、会社ができる
トヨタが2015年以降に始めた新規事業を14件ならべて、最初に目についたのは事業の中身ではなかった。始め方が、ほぼ全部同じなのだ。
Toyota Research Institute(2015年)、MONET Technologies(2018年)、KINTO(2019年)、Woven Planet Holdings(2021年)、CJPT(2021年)、水素ファクトリー(2023年)。いずれも新しい会社か、専任の組織を立ち上げるところから始まっている。
本体の中に事業部を作る、という形はほとんど出てこない。
14件を並べ終えて、私が最初に思ったのは「事業の中身の話が出てこないな」ということでした。
普通、新規事業の記録を追うと「何を作ったか」が並びます。ところがトヨタの場合、先に目に入るのは会社名なのです。Toyota Research Institute、MONET、KINTO、Woven Planet、CJPT、水素ファクトリー。
本体の中に事業部を作る、という形がほとんど出てきません。これは何を意味しているのか。ここから先は記録を読んだうえでの私の仮説になりますが、かなり実務的な示唆があると思っています。
なぜ本体でやらないのか
理由は書かれていないので、ここからは記録を読んだうえでの仮説になる。
別法人にすると、人事の制度と意思決定の速度を、本体から切り離せる。年功で決まる給与テーブルも、稟議の階層も、新会社なら別に設計できる。組織を分けるのは、事業を分けたいからではなく、ルールを分けたいからではないか。
もうひとつ、外から人と金を入れやすくなる。MONETはソフトバンクとの合弁で、開始時の出資比率はソフトバンク50.25%、トヨタ49.75%。トヨタが過半を取っていない。KINTOも、トヨタファイナンシャルサービス66.6%、住友三井オートサービス33.4%という構成である。
未確認事業年表
- 2015.11Toyota Research Institute 発表米国のAI・ロボティクス研究拠点。5年間で約10億ドル、当初約200名いま続いている
- 2017.07Toyota AI Ventures 設立CVC。2021年にToyota Venturesへ改称し、累計運用5億ドル超いま続いている
- 2018.01e-Palette 発表移動・物流・物販を1台で担うMaaS専用のEV。CES 2018で公開いま続いている
- 2018.06Grabへ10億ドル出資東南アジア最大の配車事業者へのリード出資と車両ケアの提供いま続いている
- 2018.09MONET Technologies 設立ソフトバンクとの合弁。オンデマンド交通とAutono-MaaSいま続いている
- 2019.01KINTO 設立クルマのサブスクリプション。保険・税・メンテ込みの月額制いま続いている
- 2020.01Woven City 構想 公表静岡・裾野の実証都市。2025年9月に実証を開始いま続いている
- 2020.01Joby Aviationへ出資eVTOLの米新興へ。2024年の追加分とあわせ累計8億9,400万ドルいま続いている
- 2020.12C+pod 発売2人乗りの超小型EV。約4年半で生産を終えた次へ渡した
- 2021.01Woven Planet Holdings 設立ソフトウェアと自動運転を束ねる子会社。2023年にWoven by Toyotaへいま続いている
- 2021.04Lyftの自動運転部門を買収5億5,000万ドル。自社のソフト開発を加速いま続いている
- 2021.04CJPT 設立いすゞ・日野らと商用車のCASEを共同で社会実装する合弁いま続いている
- 2023.07水素ファクトリー 発足水素・FC事業を一本化した専任組織。発足時1,350人いま続いている
- 2025.04北米電池工場 生産開始日本国外で初の自社電池工場。投資額約139億ドルいま続いている
KINTOは6年目で黒字になった
大企業の新規事業がいつ黒字になるのか。これは誰もが知りたいのに、数字がほとんど出てこない問いだ。
KINTOは珍しく、その数字が公表されている。2019年1月設立。2024年度に売上587.07億円、当期純利益7.95億円で、初の黒字を計上した。累計申込は約13.7万件(2024年12月末時点)。
設立から黒字まで6年。クルマのサブスクという、月額の積み上げで成り立つ事業としては、順当な時間の使い方に見える。ただ社内で6年待てるかというと、それは別の話だ。KINTOが別会社だったことは、この6年に関係していると思う。
商品を売り切るのではなく、月額や年額で使ってもらう売り方。売上が毎月少しずつ積み上がるかわり、立ち上がりは必ず遅くなります。KINTOが黒字まで6年かかったのは、この形の事業としては順当な時間の使い方です。
企画書に、次の2行を並べて書いてみてください。
①この事業は何年目に黒字化する見込みか。②その年数を、本体の中で守れるか。
KINTOは6年かかりました。本体の一事業部として6年間の赤字を続けられる会社は、そう多くありません。守れないなら、器を分けるしかないということです。別会社にするのは面倒ですが、その面倒は「時間を守るための盾」を買う対価だと考えると、見え方が変わります。
「実証都市」が「テストコース」になった
Woven Cityは2020年のCESで公表された。当時の説明は「実証都市」だった。
2024年10月にPhase 1が竣工し、2025年9月25日に実証が始まった。このときのリリースで、トヨタはWoven Cityを「モビリティのテストコース」と表現している。
言葉が変わったことを、後退と読む必要はないと思う。むしろ、5年かけて「これは何なのか」の定義が具体的になった、と読むほうが自然だ。街をつくるのではなく、試す場をつくる。最終的に約360名が住み、20社・団体がInventorsとして参加する規模になった。
買うのではなく、出す
金額の使い方にも、はっきりした傾向がある。
完全買収と言えるのは2021年のLyft自動運転部門(5億5,000万ドル)くらいで、あとは経営権を取らない出資が並ぶ。Grabに10億ドル、Joby Aviationに累計8億9,400万ドル、インターステラテクノロジズに約70億円。
相手を自分のものにするのではなく、相手が伸びる場所に金を置いておく。自動車という、10年かけて仕様が決まる産業の会社らしい距離の取り方に見える。
出資比率の話は、地味ですがとても大事だと思っています。
MONETはソフトバンク50.25%・トヨタ49.75%。トヨタが過半を取っていません。KINTOもトヨタファイナンシャルサービス66.6%・住友三井オートサービス33.4%です。
自社の持分を減らすことは、支配を手放すことです。でも同時に、相手が本気で関わる理由をつくることでもあります。「過半を取りにいった瞬間に断られた」という話は、実際によく聞きます。どちらを取るかを、先に決めておくといいと思います。
いちばん大きいのは、やはり工場
ソフトやCVCの金額と、リアルな設備の金額には、はっきり桁の差がある。
Toyota Venturesの累計運用が5億ドル超。一方、2025年4月に生産を始めた北米電池工場(ノースカロライナ)への投資は約139億ドル。20倍以上ある。
新規事業の記事を書いていると、つい新しい概念のほうに目が行く。しかし数字で見ると、この会社がいちばん大きく張っているのは、いまも「作る場所」なのだった。
担当者の視点で見ると
14件の始め方から、企画に落とせることが2つある。
ひとつは出資比率の使い方だ。MONETはソフトバンク50.25%・トヨタ49.75%で、トヨタが過半を取っていない。KINTOもトヨタファイナンシャルサービス66.6%・住友三井オートサービス33.4%である。自社の持分を減らすことは支配を手放すことだが、同時に相手が本気で関わる理由をつくることでもある。過半を取りにいった瞬間に断られる話は、実際によくある。
もうひとつは金額の桁を、社内向けの説明で混同しないこと。Toyota Venturesの累計運用は5億ドル超、一方で北米電池工場への投資は約139億ドル。20倍以上ある。CVCは入口として有効だが、この会社が本当に張っている場所ではない。自社のCVC予算を「新規事業への投資額」として説明すると、規模の議論がずれる。
そして、記録全体から言えることがひとつ。この会社は事業を作る前に、事業を置く場所を作っている。本体の中に事業部を立てる形が、14件のうちほとんど出てこない。制度が理由で新規事業が進まないなら、事業の中身をいじるより器を分けるほうが早い、という判断が一貫している。