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NEWFOR新規事業レポート / #008 JR東日本

JR東日本の新規事業は、
ほぼ全部が
「持て余していた資産」だった

TOUCH TO GO、STATION WORK、はこビュン、高輪ゲートウェイシティ。名前は新しいのに、素材はどれも前からそこにありました。持て余していた資産をどう読み替えたかの記録です。

新規事業マニア2026年8月5日じっくり読んで 8
Suicaの発行枚数
1億1,022万枚
2025年3月時点。モバイルSuicaが約3,347万、使える店は約207万店にのぼります
Suicaの月間決済件数
2.53億件
この規模があるからこそ、地方の交通事業者が相乗りできる基盤になりました
高輪の再開発の事業費
5,800億円
TAKANAWA GATEWAY CITY。もとは品川の車両基地の跡地でした
10年ビジョンが書き換わるまで
7
2018年の「変革2027」が、2025年に「勇翔2034」へ。KPIも事業構成から資本効率へ移りました
この記事はこんな方に
  • 新規事業のネタが見つからない方へ。社外の市場調査より先に、社内の棚卸しから出てくることがあります
  • 企画が途中で止まった経験のある方へ。「この事業が止まるとしたら、誰の判断で止まるか」を先に確認する方法をご紹介します
  • 自社サービスの規模を活かしたい方へ。自社のインフラが他社のインフラになる瞬間を、Suicaの記録で見ていきます
3行でいうと
  1. TOUCH TO GO(駅の売店)、STATION WORK(駅の空きスペース)、はこビュン(列車の空席)、高輪ゲートウェイシティ(車両基地の跡地)。新規事業の原型は、すべて自社が持て余していた資産だった。
  2. 2018年に発表した10年ビジョン「変革2027」は、7年後の2025年に「勇翔2034」へ差し替えられた。KPIも非運輸比率からROEへ変わった。
  3. Suicaは発行1億1,022万枚、月間決済2.53億件。2024年12月に発表されたSuica Renaissanceで、地域交通のインフラを肩代わりする方向がはっきりした。

素材は、前からそこにあった

JR東日本が2015年以降に始めた新規事業を並べていくと、名前はどれも新しいのに、素材が全部見覚えのあるものだと気づく。

  • TOUCH TO GO ─ 駅の売店
  • STATION WORK ─ 駅の空きスペース
  • はこビュン ─ 新幹線・特急の空席
  • TAKANAWA GATEWAY CITY ─ 品川の車両基地跡地
  • 地域連携ICカード ─ Suicaの読み取り機

新しく手に入れたものが、ほとんどない。持っているのに十分に使えていなかった資産を、別の使い方に読み替えている。

これは鉄道会社という条件から自然に出てくる型だと思う。線路も駅も土地も、簡単には増やせない。だから既にあるものの使い方を変えるしかない。

TIMELINE

未確認事業年表

JR東日本が公開情報で発表した主な新規事業(2015年以降)
  • 2016.02JRE POINT 開始駅ビルから始めたグループ共通ポイント。2019年に鉄道利用へ拡大いま続いている
  • 2017.08英国 West Midlands 鉄道の運営権を取得三井物産らとの合弁。2026年2月に英政府の公有化で運営を終えた次へ渡した
  • 2018.02JR東日本スタートアップ 設立鉄道会社のCVC。資本金4億9,500万円、ファンド出資枠50億円いま続いている
  • 2018.07グループ経営ビジョン「変革2027」発表鉄道起点からヒト起点へ。10年ビジョンとして掲げた次へ渡した
  • 2019.07TOUCH TO GO 設立サインポストとの折半合弁。無人AI決済店舗のシステムを外販いま続いている
  • 2020.01Ringo Pass 開始タクシーとシェアサイクルをSuica決済でつなぐアプリ。2025年5月に終了次へ渡した
  • 2020.09STATION WORK 1,000カ所構想を発表駅の空きスペースを個室ブースとシェアオフィスに転換いま続いている
  • 2021.03Beyond Stations構想 発表駅を交通の拠点から生活の拠点へ再定義する構想いま続いている
  • 2021.03地域連携ICカード 開始地域バス定期券とSuicaを1枚に。Suica圏を地方バスへ広げたいま続いている
  • 2021はこビュン 開始新幹線・特急の空きスペースで生鮮品や医療検体を高速輸送いま続いている
  • 2024.05JRE BANK 開始楽天銀行のシステムを使う銀行サービス。10カ月で約50万口座いま続いている
  • 2024.12Suica Renaissance 発表Suicaを移動のデバイスから生活のデバイスへ広げる10年計画いま続いている
  • 2025.03TAKANAWA GATEWAY CITY まちびらき品川車両基地跡の再開発。事業費は約5,800億円いま続いている
  • 2025.07グループ経営ビジョン「勇翔2034」発表2031年度ROE10%以上、営業収益4兆円超を掲げたいま続いている
新規事業マニアの解説

この5つを並べたとき、私は自分の会社のことを考えてしまいました。

駅の売店、駅の空きスペース、新幹線の空席、車両基地の跡地、Suicaの読み取り機。新しく手に入れたものが、ほとんどないのです。

持っているのに十分に使えていなかった資産を、別の使い方に読み替えているだけ。「何をやるか」を考える前に、「持っているのに使えていないものは何か」を一覧にするほうが、たぶん近道です。

そして、これは鉄道会社だけの話ではないと思っています。線路も駅も簡単には増やせないという制約が、この型を生んだわけですが、制約のない会社なんてほとんどありませんから。

10年ビジョンが、7年で書き換わった

2018年7月、JR東日本は「変革2027」を発表した。鉄道起点からヒト起点へ、という10年ビジョンである。連結営業収益3兆2,950億円といった中間目標が並んでいた。

ところが2025年7月、7年目にして新しいビジョン「勇翔2034」が出た。KPIの立て方も変わっている。「変革2027」が非運輸事業の比率や会員数を掲げていたのに対し、「勇翔2034」は2031年度ROE10%以上、2031年度営業収益4兆円超、2034年度5兆円規模を掲げた。

あいだにコロナがあり、高輪ゲートウェイシティが完成した。事業構成の目標から、資本効率の目標へ。何をやるかの話から、いくら返すかの話に移っている。

Suicaは、地方交通のインフラになりつつある

Suicaの数字を確認しておく。発行枚数は約1億1,022万枚、モバイルSuicaが約3,347万、決済は月間約2.53億件、使える店は約207万店(いずれも2025年3月時点)。

この規模を前提に、2021年から地域連携ICカードが始まった。地方バスの定期券とSuicaを1枚にまとめた2in1カードで、栃木の「totra」などが該当する。2022年5月までに11種類まで増えた。

2024年12月に発表されたSuica Renaissanceでは、2027年春ごろに首都圏・仙台・新潟のエリアを統合し、2028年度にセンターサーバー管理型のチケットへ移行する計画が示された。

これを「決済サービスの拡張」と読むこともできるが、実態はもう少し重いと思う。自前でICカードシステムを持てない地方の交通事業者が、Suicaに乗ることで電子化を実現している。Suicaは決済手段ではなく、地域交通のインフラを肩代わりする仕組みになりつつある。

用語地域連携ICカードちいきれんけいアイシーカード

地方の交通事業者の定期券機能と、Suicaの電子マネー機能を1枚にまとめたカード。事業者は自前でICカードシステムを作らずに済み、利用者は全国でそのまま使えます。栃木のtotraなどが該当し、2022年5月までに11種類まで増えました。

手放したものにも、共通点がある

この10年で提供を終えたものを並べると、こちらにも傾向が見える。

  • Ringo Pass(2020年開始 → 2025年5月終了)─ タクシーとシェアサイクルをつなぐアプリ
  • My JR-EAST(2024年9月終了)─ 会員ポータル。えきねっと等へ機能を統合
  • 英国 West Midlands 鉄道(2017年運営権取得 → 2026年2月に英政府の公有化で運営終了)

Ringo Passは他社の交通事業者に乗ってもらう必要があり、West Midlandsは英国政府の政策に左右された。いずれも、JR東日本が主導権を握りきれない領域だった。逆に、駅と車両と土地という自社の資産の上で始めたものは、いまも続いている。

これは筆者の見立てであり、各事業の判断理由が公表されているわけではありません。ただ、続いたものと次へ渡したものを並べると、この線引きはかなりはっきり出ます。
実務のコツ

企画書に、「この事業が止まるとしたら、誰の判断で止まるか」という欄を作ってみてください。

JR東日本で続いたのは、駅と車両と土地という自社資産の上で始めたものでした。終わったRingo Passは他社の交通事業者に乗ってもらう必要があり、英国West Midlandsは英政府の政策で運営が終わっています。

答えが自社でないなら、覚悟の量が変わります。やるなという話ではなく、着手前にそれが分かっているかどうかが大きいという話です。

5,800億円の「駅」

2025年3月にまちびらきした TAKANAWA GATEWAY CITY は、品川の車両基地跡地の再開発である。事業費は約5,800億円(2022年4月時点)。ニュウマン高輪に約200店舗、JWマリオット・ホテル東京に約200室、最大2,000人規模のコンベンション施設が入る。

新規事業の記事として見たとき、この案件の面白さは金額ではない。「持て余していた資産」の最大のものが、車両基地の土地だったということだ。駅の売店を無人化する話と、5,800億円の街をつくる話が、同じ発想から出ている。

担当者の視点で見ると

資産の読み替えという型とは別に、この記録にはもうひとつ大きい話が入っている。

自社のインフラが、他社のインフラになる瞬間がある。Suicaは発行約1億1,022万枚、モバイルSuicaが約3,347万、決済は月間約2.53億件、使える店が約207万店(2025年3月時点)。この規模を前提に、2021年から地域連携ICカードが始まった。

これを「決済サービスの拡張」と読むと、話が小さくなる。実態は、自前でICカードシステムを持てない地方の交通事業者が、Suicaに乗ることで電子化を実現しているということだ。栃木のtotraをはじめ、2022年5月までに11種類。2027年春ごろには首都圏・仙台・新潟のエリア統合、2028年度にはセンターサーバー管理型への移行が計画されている。

決済手段を提供する事業から、他社のインフラを肩代わりする事業へ移っている。ここまで来ると、参入障壁は桁違いに高くなる。規模がある会社にしか取れない道だが、自社のサービスが他社の「持てないもの」を代替できないかという問いは、規模によらず立てられると思う。

READERS' VOICE

読み終えた方へ

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。ひとつ選ぶと、ほかの読者が何を選んだかが見えます。この記録がどう受け取られたのかを、みんなで確かめる場所です。

NEWFOR MEMO
新規事業マニアのメモ ─ 自分が担当だったら

自分の会社に何があるかを、ちゃんと数えたことがあるだろうか。JR東日本の記録を読んで、まずそう思った。

駅の空きスペースも、列車の空席も、前からあった。誰も価値がないと思っていたから、そのままになっていた。新規事業のネタは、社外の市場調査より先に、社内の棚卸しから出てくることがある。

もうひとつ持ち帰りたいのは、続いたものと次へ渡したものの線引きだ。自社が主導権を握れる領域か、他社の判断に左右される領域か。ここを企画の段階で見分けられれば、力の入れどころが変わる。

自分が担当だったら、企画書に「この事業が止まるとしたら、誰の判断で止まるか」という欄を作ると思う。その答えが自社でないなら、覚悟の量が変わってくる。

新規事業マニア
40代 / 事業開発
20代でスタートアップを立ち上げ、1社を上場企業へ売却。その後、外資系コンサルティングファーム、通信大手、大手人材グループ、国内大手ITサービスの中で、社員として新規事業の立ち上げに携わる。並行して顧問として10社近くの新規事業を担当。事業立ち上げ歴20年の、大の新規事業マニア。
20年 事業立ち上げ歴1社 上場企業へ売却4社 事業会社の中で立ち上げ10社 顧問として担当