新規事業の担当になると、知らない言葉が急に増える。
「のれんが立つと減損リスクが」「まずは持分法から入って」「これはカーブアウトしたほうが」。会議では当たり前のように飛び交うが、正面から意味を聞くのは気が引ける。
ただ、言葉が分からないと、その会議で何が決まったのかが分からない。
この記事では、NEWFORが記録した12社225件の中から、実際にその言葉が使われた場面と金額をセットにして、18個の言葉を整理する。辞書を引くより、記憶に残ると思う。
会社の形にまつわる言葉
複数の会社がお金を出し合って、新しい会社を1つつくること。出資比率で発言力が決まります。片方が過半を持てば意思決定は速くなりますが、もう一方の本気度は下がりがちです。逆に50%ずつだと、双方が当事者になるかわり、意見が割れたときに止まります。
実物で見ると分かりやすい。KDDIと三菱商事は2024年、ローソンを50%ずつ持つ形にした。KDDIの買付総額は約4,971億円である。もともと三菱商事が50.1%を持つ子会社だったものを、あえて半分ずつにした。
ソニーとホンダも2022年、ソニー・ホンダモビリティを折半出資で設立している。資本金は100億円だった。
出資比率がおおむね20〜50%だと持分法適用会社、50%超だと子会社になります。子会社になると売上や費用がまるごと自社の決算に合算されるため、見える景色が大きく変わります。持分法だと、利益のうち自社の持分ぶんだけが1行で載ります。
三菱商事は2016年、ローソンへの出資比率を50.1%に引き上げて、持分法適用会社から連結子会社へ移した。約1,440億円だった。そして2024年、KDDIと50%ずつにすることで、また持分法に戻している。
同じ会社への出資でも、比率が数%違うだけで、決算書での見え方が変わる。
会社の一部門や技術を切り出して、独立した会社にすること。外部から出資を受けやすくなり、意思決定も速くなります。親会社の側から見ると、その事業を自社の一部として抱え続けるより、外の資本を入れて伸ばしたほうがよいと判断した、ということです。
パナソニックのVieurekaは、画像解析の技術を社内から切り出して独立会社にした例である。親会社の持分は32.967%まで下がっている。
アルファドライブという新規事業支援の会社も、2024年11月にユーザベースからカーブアウトを完了している。
親会社が子会社の株式を、株主へ現物配当という形で直接渡し、その子会社を独立して上場させる方法。2023年の税制改正で日本でも使いやすくなりました。親会社が現金を受け取るのではなく、株主が直接その会社の株主になります。
ソニーグループは2025年、ソニーフィナンシャルグループをこの方法で独立させている。
グループの一部の会社をまとめて傘下に置く、親会社と事業会社のあいだの会社。まとめて売却しやすくなるという性質があります。
セブン&アイは2024年10月にヨーク・ホールディングスを設立し、2025年9月にベインへ8,147億円で譲渡した。事業を切り出しやすい形に、先に整えてあったということである。
事業会社が、自社の事業と関係のあるスタートアップに投資するために作る組織やファンドのこと。純粋な投資リターンだけでなく、自社の事業との連携を目的にすることが多いのが特徴です。
ソニーは2016年にSony Innovation Fundを設立し、全世界170社超に投資、運用総額は850億円超の見込みと公表している。トヨタは2017年にToyota AI Ventures(現Toyota Ventures)を作り、累計運用は5億ドル超。JR東日本は2018年にJR東日本スタートアップを設立した。資本金4億9,500万円、ファンド出資枠50億円である。
三菱商事は2025年にMCグローバルイノベーションを設立している。全社で計1,000億円規模の投資を想定と公表した。ソニーの2016年、トヨタの2017年と比べると、かなり後発である。
ここまでの6つは、すべて「その事業を、どういう箱に入れるか」の話です。
新規事業を始めるとき、事業の中身と同じくらい、この箱の設計が結果を左右します。50%ずつの合弁にするか、51%持つ子会社にするか。切り出すか、抱え続けるか。
箱の形は、あとから変えられます。三菱商事のローソンは、持分法から子会社へ、そしてまた持分法へと8年で2回変わっています。最初の形にこだわりすぎなくていい、とも言えます。
お金にまつわる言葉
買収額のうち、相手の純資産を超えて支払った部分。ブランド力や人材、顧客基盤など、目に見えない価値に対する対価です。貸借対照表に資産として載ります。買った事業が想定どおりにいかないと、この部分を減らすことになります。
買った資産の価値が、買ったときの想定より大きく下がったときに、その差額を損失として決算に計上すること。現金が出ていくわけではありませんが、その年の利益は大きく削られます。
この2つは、必ずセットで出てくる。実例で覚えるのがいちばん早い。
NTTドコモは2002年3月期に、海外投資について約1兆778億円の減損を計上した。2000年に約5,000億円でKPNモバイル(オランダ)へ、2001年に約1兆1,000億円でAT&T Wireless(米)へ出資したものが、想定どおりにいかなかったためである。この年、連結で1,162億円の当期純損失となった。
金額を先に覚えておくと、「のれんの減損リスク」という言葉が会議で出たときに、何を心配しているのかが分かる。
ある会社の株を「この価格で、この期間に、これだけ買います」と公表して、市場の外でまとめて買い集めること。経営権を取りにいくときに使われます。買われた会社の株主は、市場価格より高い価格で売れることが多くなります。
富士フイルムは2008年、富山化学工業をTOBで子会社化した。買付予定額は644億円。低分子医薬への本格参入だった。
NTTは2020年、子会社だったNTTドコモを完全子会社にするため、買付総額約4兆2,500億円のTOBを実施している。
会社を事業のかたまりごとに区切って、それぞれの売上と利益を開示する単位のこと。どこで稼いでいる会社なのかは、この区分を見ると分かります。
ソフトバンクグループの2026年3月期を、セグメントで見てみる。グループの売上7兆7,987億円のうち、国内通信のソフトバンク株式会社が7兆409億円で約90%。ところが税引前利益6兆1,349億円のうち、そのセグメントの利益は9,650億円で16%ほどしかない。
売上を作っている事業と、利益の振れ幅を作っている事業が、別だということが分かる。セグメントを見るというのは、こういうことである。
保有している株式の価値を合計し、そこから純有利子負債を引いたもの。投資が主業になっている会社が、自社の価値を説明するときに使います。
ソフトバンクグループは2026年3月末で40.1兆円と公表している。事業の売上や利益ではなく、持っているものの時価で会社を説明する、という考え方である。
買収する会社の資産や将来の収益を担保にしてお金を借り、その借入で買収すること。自己資金が少なくても大きな買い物ができるかわり、買った会社に借金が乗ります。
ソフトバンクは2006年、ボーダフォン日本法人を1兆7,500億円で取得した。うち1兆円超をLBOで調達している。当時、国内最大の買収だった。
お金の言葉は、数字とセットで覚えるのが早いと思います。
「のれんの減損」と聞いてもピンときませんが、「ドコモの1兆778億円」と覚えておけば、会議で誰かがその言葉を使ったときに、何を恐れているのかが分かります。
そして自分が企画を出すときにも、「この買収だとのれんがいくら立ちますか」と聞かれる場面が必ず来ます。
自社の直近の有価証券報告書で、のれんの金額を一度見てみてください。いくら計上されているか、どの買収から来ているかが書いてあります。
そこを知っていると、新しい買収案件を出すときに「うちはすでにこれだけのれんを持っているので、今回は慎重に」といった話が、自分から出せるようになります。
数字は毎年変わります。会議の前に一度見ておくだけで、話の解像度が変わります。
事業の売り方にまつわる言葉
商品を売り切るのではなく、月額や年額で使ってもらう売り方。売上が毎月少しずつ積み上がるかわり、立ち上がりは必ず遅くなります。
トヨタのKINTOは、黒字になるまで6年かかっている。売り切りなら初月に全額が立つが、月額だと同じ金額に届くまで何十カ月もかかる。この構造を経営陣と共有できていないと、途中で止まる。
他社のサービスの代金を、自社の請求にまとめて回収してあげる仕組みのこと。利用者は暗証番号を入れるだけで買えるので離脱が減り、代行する側は取扱額に応じた手数料を受け取ります。
NTTドコモがiモードで稼いだのは、コンテンツそのものではなく、この手数料だった。自分でコンテンツを作らずに、他人の商売の通り道になる。この形が、27年続いた。
他社が開発した薬を、代わりに開発・製造してあげる事業のこと。自社ブランドで売るのではなく、名前が表に出ない裏方に回ります。設備に巨額を要し、回収に10年単位かかるかわり、いったん任されると簡単には切り替えられません。
富士フイルムは2011年に米Merckのバイオ医薬受託製造網を約4億9,000万ドルで買い、2019年にはBiogenのデンマーク生産拠点を約990億円で買った。味の素も2023年、遺伝子治療CDMOのForge Biologicsを約828億円で買収している。
どちらも、自社の名前が出ない事業に、大きな金額を投じている。
半導体のチップを保護し、基板と電気的につなぐための「入れ物」のこと。チップが高性能になるほど配線が複雑に積み重なるため、層と層のあいだを電気的に隔てる絶縁材料が必要になります。
味の素のABFは、この絶縁材料である。うま味調味料の製造で培ったアミノ酸の技術から生まれた。2026年3月期には、電子材料が事業利益の3割を超えている。
地方の交通事業者の定期券機能と、Suicaの電子マネー機能を1枚にまとめたカード。事業者は自前でICカードシステムを作らずに済み、利用者は全国でそのまま使えます。
JR東日本が展開しているこの仕組みは、自社で作った仕組みを、他社に使ってもらう形にあたる。栃木の「totra」などが実際に発行されている。
社内から新規事業のアイデアを募り、選んだものに予算と時間をつけて事業化を目指す制度のこと。1件の事業を作るのではなく、事業が出続ける仕組みを作ることが目的です。
ソニーのSSAPは2014年に社内公募制度として始まり、2018年からは社外にも提供されている。パナソニックのゲームチェンジャー・カタパルトは2016年開始。三菱商事のMC Digitalは2019年設立である。
ソニーの場合、制度そのものを商品にしたところが特徴的だった。
売り方の言葉は、「誰から、どうやってお金をもらうか」の設計図です。
毎月自動で回るのか(サブスクリプション)。他人の商売の通り道になるのか(課金代行)。名前を出さずに裏方に回るのか(CDMO)。
NEWFORで12社を記録してきて思うのは、長く続いた事業は、この設計がはっきりしているものが多いということです。「良いものを作れば売れる」で始まったものは、途中で形を変えるか、区切りを迎えることが多い印象があります。
企画書に、「誰が、いつ、いくら払うか」を1行で書けるか確かめてください。書けないなら、まだ設計が終わっていません。
サブスクリプションを選ぶなら、黒字になるまでの年数を先に置いてください。KINTOは6年かかりました。この数字を経営陣と共有しないまま始めると、3年目で止まります。
自社にすでにある「通り道」を探すのも手です。請求の仕組み、店舗網、物流網、免許。他社がそこを通りたがるなら、自分で商品を作らなくても事業になります。
言葉が分かると、何が変わるか
ここまで18個の言葉を並べてきた。全部覚える必要はない。
ただ、会議で出た言葉の意味が分かると、その会議で何が決まったのかが分かるようになる。「これは持分法で入りましょう」という発言が、「まだ本気で取りにいく段階ではない」という意味だと分かる。
そして自分が企画を出す側になったとき、同じ言葉で説明できるようになる。「まず20%の出資から入り、事業が立ち上がったら過半を取りにいきます」と書けるのと、「まず少し出資します」と書くのとでは、通り方が変わる。
言葉は、道具である。