大企業の新規事業を記録していると、金額の話をよく聞かれる。「うちの会社は新規事業に何億円くらい出すのが普通なんでしょうか」という質問である。
答えるのが難しい。業界も規模も違うからだ。それでも、実際に払われた金額を並べれば、何かの手がかりにはなると思った。
この記事は、NEWFORが12社・225件を記録していた2026年8月5日時点で作ったものである。そのうち円建ての金額が公表されていたのは30件だけだった。残りの195件は、公表されていないか、金額という形で表せないものである。
記録はその後も増えている。いまは20社・472件まで広がっているので、この表もいずれ作り直す。
この30件を、高い順に並べてみる。
円で公表された金額の、高い順
新規事業のために払った金額
| 順 | 企業 | 案件 | 年 | 金額 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ソフトバンクグループ | Armを取得 | 2016 | 約3兆3,000億円 |
| 2 | セブン&アイ | Speedwayを買収 | 2020 | 約2兆2,000億円 |
| 3 | ソフトバンクグループ | Sprintを取得 | 2013 | 約1兆8,000億円 |
| 4 | ソフトバンクグループ | ボーダフォン日本法人を取得 | 2006 | 1兆7,500億円 |
| 5 | NTTドコモ | AT&T Wirelessへ出資 | 2001 | 約1兆1,000億円 |
| 6 | NTTドコモ | KPNモバイルへ出資 | 2000 | 約5,000億円 |
| 7 | KDDI | ローソンの共同経営 | 2024 | 約4,971億円 |
| 8 | ソフトバンクグループ | ZOZOを子会社化 | 2019 | 4,007億円 |
| 9 | セブン&アイ | 米Sunocoから小売事業を取得 | 2017 | 約3,650億円 |
| 10 | ソフトバンクグループ | 日本テレコムを取得 | 2004 | 約3,400億円 |
| 11 | 富士フイルム | 富士ゼロックスを完全子会社化 | 2019 | 約2,530億円 |
| 12 | 富士フイルム | 日立の画像診断関連事業を買収 | 2019 | 約1,790億円 |
| 13 | セブン&アイ | 豪7-Eleven運営会社を買収 | 2023 | 約1,670〜1,700億円 |
| 14 | 富士フイルム | 和光純薬工業を買収 | 2016 | 1,547億円 |
| 15 | 三菱商事 | ローソンを子会社化 | 2016 | 約1,440億円 |
| 16 | リクルート | Glassdoorを買収 | 2018 | 約1,272億円 |
| 17 | ソフトバンクグループ | シャープ堺工場を取得 | 2025 | 約1,000億円 |
| 18 | 富士フイルム | Biogenのデンマーク生産拠点を買収 | 2019 | 約990億円 |
| 19 | 味の素 | Forge Biologicsを買収 | 2023 | 約828億円 |
| 20 | NTTドコモ | オリックス・クレジットを子会社化 | 2024 | 792億円 |
| 21 | 富士フイルム | 米SonoSiteを買収 | 2011 | 約776億円 |
| 22 | 富士フイルム | 富山化学工業を子会社化 | 2008 | 644億円 |
| 23 | 味の素 | Promasidorへ33.33%出資 | 2016 | 約558億円 |
| 24 | NTTドコモ | マネックス証券を連結子会社化 | 2024 | 計486億円 |
| 25 | 富士フイルム | 米Cellular Dynamicsを買収 | 2015 | 約370億円 |
| 26 | 味の素 | ブラジル合弁を完全子会社化 | 2015 | 325億円 |
| 27 | 味の素 | 味の素ゼネラルフーヅを完全子会社化 | 2015 | 270億円 |
| 28 | ソフトバンクグループ | 福岡ダイエーホークスを取得 | 2004 | 約200億円 |
| 29 | 味の素 | キャンブルックを買収 | 2017 | 約72億円 |
| 30 | NTTドコモ | らでぃっしゅぼーやを子会社化 | 2012 | 約49.8億円 |
まず、この表の読み方をひとつだけ。
1位から5位までの5件だけで、合計10兆1,500億円です。日本の国家予算がおよそ115兆円ですから、その1割近い金額が、この5件だけで動いています。
ただ、私がこの表を作って面白いと思ったのは、金額の大きさではありませんでした。誰が何を買っているかのほうです。
上位10件のうち7件は、本業のすぐ隣を買っている
上位10件を、買った側と買われた側の業種で見てみる。
- セブン&アイがSpeedway ── 小売が、小売を
- ソフトバンクグループがSprint ── 通信が、通信を
- ソフトバンクグループがボーダフォン日本法人 ── 通信が、通信を
- NTTドコモがAT&T Wireless ── 通信が、通信を
- NTTドコモがKPNモバイル ── 通信が、通信を
- セブン&アイが米Sunocoの小売事業 ── 小売が、小売を
- ソフトバンクグループが日本テレコム ── 通信が、通信を
10件のうち7件が、自分と同じ業種を買っている。地域が違うか、業態が少し違うだけである。
残りの3件は、KDDIのローソン(通信が小売を)、ソフトバンクグループのZOZO(通信がECを)、そしてArm(通信が半導体設計を)。
つまり、いちばん高い買い物であるArmだけが、本業から遠い。
ここは、社内で使える話だと思います。
「新規事業=本業と関係ない新しいこと」と受け取られがちですが、実際に大きなお金が動いているのは、ほとんどが本業の隣です。
同じ商売を、違う国で。同じ客に、違う商品を。そういう買い方が、金額の上位を占めています。
本業から遠いところに大きく張った例は、この30件の中ではArmくらいでした。そしてそのArmも、ソフトバンクグループが通信で1兆円規模の利益を毎年出しているという土台があってのことです。
「本業の隣」を先に洗い出してください。いま持っている顧客、設備、免許、ブランドのうち、別の市場でもう一度使えるものは何か。この問いのほうが、まっさらな新規事業アイデアより通りやすく、金額も大きくできます。
稟議に書くときも、「新しい市場に出ます」より「いまの○○という強みを、△△という別の市場でもう一度使います」のほうが、投資の理由として説明しやすくなります。
本業から遠いところへ大きく張るなら、その前に「毎年、確実に稼ぐ一階」が自社にあるかを確かめてください。
1回で大きく張る会社と、小さく何度も買う会社
同じ表を、会社ごとにまとめ直してみる。
会社ごとの、払った金額の出方
| 企業 | 件数 | 合計 | 1件あたり | 最大の1件 |
|---|---|---|---|---|
| ソフトバンクグループ | 7件 | 約7兆7,107億円 | 約1兆1,015億円 | 約3兆3,000億円 |
| セブン&アイ | 3件 | 約2兆7,335億円 | 約9,112億円 | 約2兆2,000億円 |
| NTTドコモ | 5件 | 約1兆7,328億円 | 約3,466億円 | 約1兆1,000億円 |
| 富士フイルム | 7件 | 約8,647億円 | 約1,235億円 | 約2,530億円 |
| KDDI | 1件 | 約4,971億円 | 約4,971億円 | 約4,971億円 |
| 三菱商事 | 1件 | 約1,440億円 | 約1,440億円 | 約1,440億円 |
| リクルート | 1件 | 約1,272億円 | 約1,272億円 | 約1,272億円 |
| 味の素 | 5件 | 約2,053億円 | 約411億円 | 約828億円 |
ここに、はっきりした違いが出る。
ソフトバンクグループは、1件あたり約1兆1,015億円。7件のうち4件が1兆円を超えている。
味の素は、1件あたり約411億円。5件あるが、いちばん大きいものでも828億円である。
富士フイルムは、1件あたり約1,235億円を7回。2008年の富山化学から2019年の富士ゼロックスまで、11年かけて刻んでいる。
買収額が、買った会社の純資産を上回ったときの差額のこと。将来その会社が稼ぐと見込んだぶんが、貸借対照表に資産として載ります。見込みどおりに稼げなかったときは、この資産の価値を減らします。NTTドコモが2002年に計上した約1兆778億円の減損は、この処理にあたります。金額の大きい買収ほど、この数字も大きくなります。
どちらが良いという話ではありません。
ただ、「1回で大きく張る」には、外さないための前提が要るとは思います。ソフトバンクグループには毎年1兆円を稼ぐ国内通信があり、セブン&アイには2万店超の国内コンビニがあります。
一方で「小さく何度も」は、外したときの傷が浅い代わりに、時間がかかります。富士フイルムがヘルスケアを事業の柱にするまでに、11年かけて7件を積んでいます。
自社がどちらの型をとれるかは、意志ではなく、いまの本業が毎年いくら稼いでいるかで、ほぼ決まってしまいます。
ドルで公表された案件
円ではなくドルで公表された案件も多い。為替は年によって大きく動くので、円に直して同じ表に混ぜるのは正確ではない。別に並べておく。
ドル建てで公表された案件
| 企業 | 案件 | 年 | 金額 |
|---|---|---|---|
| ソフトバンクグループ | OpenAIへの出資(当期実行分) | 2025 | 324億ドル |
| トヨタ自動車 | 北米電池工場 | 2025 | 約139億ドル |
| パナソニック | Blue Yonderの完全子会社化 | 2021 | 71億ドル |
| ソフトバンクグループ | Ampere Computingを取得 | 2025 | 65億ドル |
| ソフトバンクグループ | ABBのロボット事業を取得 | 2025 | 53.75億ドル |
| パナソニック | カンザス電池工場 | 2025 | 約40億ドル |
| ソニーグループ | Bungieを買収 | 2022 | 36億ドル |
| ソフトバンクグループ | Fortress Investment Groupを取得 | 2017 | 33億ドル |
| ソフトバンクグループ | Intelへ出資 | 2025 | 20億ドル |
| ソフトバンクグループ | 米Ziff-Davisを取得 | 1995 | 約18億ドル |
| ソフトバンクグループ | Supercellへ出資 | 2013 | 15.3億ドル |
| ソニーグループ | Crunchyrollを買収 | 2021 | 11.75億ドル |
| トヨタ自動車 | Joby Aviationへ出資(累計) | 2020– | 8億9,400万ドル |
| ソフトバンクグループ | COMDEXを取得 | 1995 | 約8億ドル |
| 富士フイルム | 米Entegrisの半導体ケミカル事業 | 2023 | 7億ドル |
| トヨタ自動車 | Lyftの自動運転部門を買収 | 2021 | 5億5,000万ドル |
| 富士フイルム | 米Merckのバイオ医薬受託製造網 | 2011 | 約4億9,000万ドル |
いちばん小さかった案件のこと
この記事の30件で、いちばん金額が小さかったのは、NTTドコモが2012年に子会社化したらでぃっしゅぼーやである。有機野菜の宅配で、買付総額は約49.8億円だった。
2018年1月に、オイシックスドット大地へ10億円で譲渡している。
1兆円を超える案件が5件ある表の中では、目に入らないほど小さい。ただ、多くの会社にとって、新規事業に出せる金額はこちらのほうが現実に近いはずである。
そしてNTTドコモは、この49.8億円の案件と、1兆1,000億円のAT&T Wirelessの案件を、同じ会社が同じ25年の中でやっている。金額の桁は220倍違う。
金額の大小に、良し悪しはありません。
ただ、「自分の会社はどの桁で戦うのか」を先に決めておくことは、意味があると思います。
49.8億円の案件と1兆1,000億円の案件では、社内の通し方も、外す確率の許され方も、関わる人の数も、まったく違います。
同じ「新規事業」という言葉で語られていても、中身は別の仕事です。
この記事の限界について
金額が公表されるかどうかは、案件によって違う。上場企業が適時開示の基準を超える買収をしたときは公表されるが、そうでなければ「金額は非開示」で終わることも多い。
たとえばソフトバンクグループが2024年に取得した英Graphcoreは、金額が公表されていない。この表には入っていないが、実際には相当の金額が動いたはずである。
だからこの表は、「大企業が新規事業にいくら払うのか」を知るための、手に入る範囲の材料として見てほしい。