村田製作所はコンデンサの会社である。スマートフォンにも、クルマにも、この会社の部品が入っている。
その年表34件を並べると、途中で顔つきが変わる。
2012年から2022年までの10年間は、買収が10件。そして2023年からは、出てくるものが部品ではなくなる。医療機器、細胞を分ける道具、スマートリング、そして人材マッチング会社である。
買収の発表資料には、毎回「技術の名前」が書いてある
10件を並べると、共通する書き方がある。どの発表にも、取った技術の名前が入っているのだ。
2016年10月の仏IPDiAは「3Dシリコンキャパシタ技術」。2009年設立、従業員130名の会社である。2021年9月の米Eta Wirelessは「RF回路の消費電力を抑えるDigital ET技術」。2022年3月の米Resonantは「XBAR技術」。2019年12月のミライセンスは「脳科学に基づく3D触力覚技術」。
2014年12月の米Peregrine Semiconductorは1990年設立で、2013年度の売上は2億200万ドル、従業員361名。得たのは「UltraCMOS技術」だった。
売上や顧客ではなく、その会社が持っている特定の技術を目的に会社を買うこと。自分で一から開発すると何年もかかる技術を、時間ごと買う考え方です。発表資料に技術の名前が書かれているかどうかで、見分けがつきます。
買収の発表資料を読むときは、「何を取ったか」が名詞で書かれているかを見る。書いてあれば、買った側は社内でその技術の使い道をすでに決めている。
事業稼働チャート
2023年から、部品ではないものが出てくる
2023年5月15日、村田製作所はチェスト、アイ・エム・アイと睡眠時無呼吸症候群向けのCPAP療法で協業を始めた。「ムラタ CPAP MX」は本体重量370g。村田が開発・製造販売を担い、チェストが貸与・販売とクラウドサービスを、アイ・エム・アイが消耗品を担当する。
2025年3月13日には金属製細胞フィルタ「CELLNETTA(セルネッタ)」を発表した。発表資料には「世界で初めて商品化しました」(当社調べ、2025年3月12日時点)とある。2024年11月から国内工場で量産を始めており、PBS 50mlの通液がメンブレンフィルタの約5分に対して約20秒、メッシュは6種類(5, 10, 15, 20, 100, 200µm)。再生医療・細胞医療の研究開発や創薬プロセスが用途である。
2024年6月にはWi-Fiの電波で幼児の微細な動きを検知する車室内の置き去り検知装置を国内で初めて実用化し、同年9月にはリゾートトラストと組んでスマートリングで宿泊者の末梢血行を分析する実証を始めた。
コンデンサの会社が売っているのは、もうコンデンサだけではない
未確認事業年表
- 2012.03ルネサスのパワーアンプ事業を取得ルネサスから携帯電話向けパワーアンプ事業を譲り受け、長野県小諸市に資本金1億円・従業員約500名の小諸村田製作所を設立し半導体開発体制を整えた。継続中
- 2014.12米Peregrine Semiconductorを買収米国子会社が1990年設立のPeregrine社を買収。2013年度売上2億200万ドル、従業員361名で、UltraCMOS技術を得てRF部品の一貫開発体制を築いた。継続中
- 2016.01東光を株式交換で完全子会社化2016年1月29日に簡易株式交換契約を締結し、コイルや電源モジュールを手がける東光1社を完全子会社化することを決議、モジュール事業の強化につなげた。継続中
- 2016.07ソニーの電池事業譲受で意向確認書ソニーおよびソニーエナジー・デバイスの電池事業を譲り受けるための意向確認書を2016年7月28日に締結し、エナジー分野への本格参入を決めた。継続中
- 2016.09指月電機製作所と資本業務提携指月電機製作所と資本業務提携契約を結び、第三者割当による同社自己株式の処分を引き受けるとともに、合弁会社1社の設立に合意した。継続中
- 2016.10仏IPDiAを買収しシリコンコンデンサへ欧州子会社が2009年設立・従業員130名のIPDiAを買収。3Dシリコンキャパシタ技術を得て、車載・医療機器向けコンデンサ事業を強化した。継続中
- 2017.03米Arctic Sandを買収し電源ICへ子会社Peregrineを通じ小電力パワー半導体のArctic Sandを買収すると2017年3月15日に合意、同年4月初旬に完了しパワーモジュール事業を広げた。継続中
- 2017.09ソニーの電池事業を175億円で取得ソニーエナジー・デバイスなどを譲受価額175億円で取得し2017年9月1日に完了。約8500名が移り、リチウムイオン電池事業に本格参入した。継続中
- 2017.09米Vios Medicalを買収しヘルスケアへ2016年から出資していた米Vios Medicalの買収を2017年9月22日に決議し、同年10月13日に完了。心電図などを測るチェストセンサ事業を得た。継続中
- 2017.09仮想センサ基盤NAONAの実証開始場の雰囲気や人の親密度をセンシングして可視化する仮想センサプラットフォーム「NAONA」の実証実験を2017年9月に開始した。継続中
- 2019.04Vios MedicalをMurata Viosへ改称2017年10月にグループ入りした米子会社の社名を2019年4月1日付でMurata Vios, Inc.へ変更し、ヘルスケア事業の位置づけを明確にした。継続中
- 2019.06全固体電池の量産へ野洲に新ラインセラミックス材料を電解質に使う面実装型全固体電池を2019年度内に量産開始すると発表。当面の生産能力は月産10万個を予定した。継続中
- 2019.123D触力覚のミライセンスを買収脳科学に基づく3D触力覚技術をもつミライセンス1社を完全子会社化することで合意。VRや遠隔医療向けのハプティクス事業に乗り出した。継続中
- 2020.04帝人フロンティアと合弁ピエクレックス圧電繊維を手がける株式会社ピエクレックスを2020年4月1日に設立。出資比率は村田51%、帝人フロンティア49%、資本金は1億円とした。継続中
- 2021.02ACCESSと製造現場向けJIGlet提供照度・ボタン・サイコロの3種のセンサーで工程を可視化する支援ツールをACCESSと共同開発し提供を開始したが、2024年12月末で提供を終えた。役目を終えた
- 2021.09米Eta Wirelessを買収し省電力技術RF回路の消費電力を抑えるDigital ET技術をもつ米Eta Wireless1社を買収。5G端末の電池の持ちを延ばす電源制御技術を取り込んだ継続中
- 2022.03米Resonantを買収しXBAR技術取得2022年3月28日に米Resonantの買収を完了。通信用SAWフィルタで世界シェア50%の同社がXBAR技術を得て高周波フィルタ事業を強化した。継続中
- 2022.07Emerald運営ファンドへ出資環境分野に投資するEmerald Technology Venturesのファンドへ出資。温室効果ガスなど4つの環境目標の達成と新規事業創出をねらう。継続中
- 2023.03チタン酸バリウム合弁の設立を決議石原産業・富士チタン工業との合弁設立を決議。出資比率は富士チタン55%、村田35%、石原産業10%、資本金1億円で宮崎県延岡市に新工場を建てる。継続中
- 2023.05CPAP装置で3社協業を開始チェスト、アイ・エム・アイと睡眠時無呼吸症候群向けCPAP療法で協業を開始。本体重量370gの「ムラタ CPAP MX」を医療現場に届ける。継続中
- 2023.09合弁MFマテリアルを設立石原産業・富士チタン工業との合弁会社を2023年9月1日に設立。資本金1億円、従業員230名でチタン酸バリウムを製造し2027年に新工場を稼働させる。継続中
- 2024.06Wi-Fiの置き去り検知装置を実用化Wi-Fi電波で幼児の微細な動きを検知する車室内装置を国内で初めて実用化し、2024年6月3日から野洲市の通園バス1台で運用を始めた。継続中
- 2024.09スマートリングで宿泊者の健康分析リゾートトラストと組み、芦屋ベイコート倶楽部で2024年9月末から約1か月、スマートリングで末梢血行を分析する実証実験を始めた。継続中
- 2025.03細胞用フィルタCELLNETTAを商品化世界初の金属製細胞向けフィルタを発表。2024年11月から国内工場で量産し、50ml通液を約20秒で処理、メッシュ6種類で再生医療分野に参入した。継続中
- 2025.04米国でCVC「WONDERSTONE Ventures」新設5,000万米ドル規模で、6G・光半導体・生体エレクトロニクス・環境・ロボティクス・宇宙の6領域のシード期スタートアップへ投資する。継続中
- 2025.06マイクロ一次電池事業をマクセルへ譲渡コイン形二酸化マンガンリチウム電池など3種のマイクロ一次電池事業をマクセルへ譲渡すると決議し、2025年度内のクロージングを予定した。役目を終えた
- 2025.10QuantumScapeと共同開発契約全固体電池向けセラミックセパレーターの量産化に向け米QuantumScapeと共同開発契約を締結。2025年2月から協業の検討を進めてきた。継続中
- 2025.10ヒューマノイド団体KyoHAに参画早稲田大学やテムザックらと純国産ヒューマノイド開発の枠組みKyoHAを立ち上げ計8組織が参加。2026年3月に初期試作機を作る計画とした。継続中
- 2025.11RUTILEAとエッジAIカメラ共同開発工場作業を可視化するエッジAIカメラのモニタリングシステムをRUTILEA1社と共同開発し、2025年11月から提供を始めた。継続中
- 2026.04人材事業「コトノバ」を新会社化ミドルシニア向け人材マッチング事業を担う株式会社コトノバを2025年12月に設立し、資本金1億円・出資比率100%で事業を移管した。継続中
- 2026.06Xona社と低軌道衛星PNTで基本合意米Xona Space Systemsと高度約500〜2,000kmの低軌道衛星を使う測位・時刻同期技術で基本合意し、データセンター向けなどの機会を探る。継続中
- 2026.06全73カテゴリの製品情報API提供製品データベースの対象を3カテゴリから全73製品カテゴリへ広げ、外部システムから最新情報を取得できるAPIサービスの提供を始めた。継続中
- 2026.07UWB位置検知システムを提供開始工場・物流向けに誤差1m以下で人や物を測位するUWBシステムの提供を開始。自社工場では100台を超える受信機を設置し実用稼働させている。継続中
- 2026.09タイにEMI除去フィルタの新生産棟9月1日発表。タイ・ランプーンの工業団地に約62億円を投じて新生産棟を建てる。延床面積10,797㎡、2027年11月の竣工予定で、EMI除去フィルタの需要増に備える継続中
ついに、人材マッチング会社まで作った
2026年4月1日、村田製作所は株式会社コトノバの設立を公表した。設立は2025年12月、資本金1億円、出資比率は村田製作所100%。事業は「人材マッチングサービス『コトノバ』システムの開発・運営・販売」である。
電子部品の会社が、電子部品でない会社を100%出資で作った。年表のなかでも、いちばん本業から遠い1件だ。
その手前には、種をまく仕組みも用意されている。2025年4月15日、米国でCVC「WONDERSTONE Ventures」を5,000万米ドル規模で新設した。投資先は「次世代通信/6G、光・半導体、生体エレクトロニクス、環境、ロボティクス、スペース」の6領域で、ステージはシードおよびアーリーである。
ここまでを、ひとつにまとめると
この会社は10年かけて技術を買い集め、そのあとで出口を増やしています。買った技術は部品に載せるだけでなく、医療機器や研究用の道具という形でも外に出ています。順番が「先に技術、あとから市場」になっているのが特徴です。
渡したものも、2件だけ年表に残っている
34件のうち、役目を終えた、または次へ渡したものは2件である。
1つは2021年2月にACCESSと共同開発した製造現場向けの可視化ツールJIGlet。照度・ボタン・サイコロの3種のセンサーで工程を見える化するもので、2024年12月末で提供を終えた。
もう1つは2025年6月のマイクロ一次電池事業のマクセルへの譲渡である。コイン形二酸化マンガンリチウム電池など3種が対象で、2025年度内のクロージングを予定していた。
いっぽうで電池そのものは手放していない。2019年6月に全固体電池の新ラインを野洲に設け(当面の生産能力は月産10万個)、2025年10月には米QuantumScapeとセラミックセパレーターの量産化で共同開発契約を結んでいる。
挑戦する人の視点で見ると
村田製作所の34件から持ち帰れるものは、「技術を先に集めてから、出口を考える」という順番だと思う。
ふつう新規事業は、市場を決めてから作るものを考える。だがこの会社の年表は逆に見える。2012年から2022年までに10件買って技術を揃え、2023年からその技術の出し先を増やしている。
そして出し先は、部品とはかぎらない。CPAP装置は医療機器、CELLNETTAは研究用の道具、コトノバに至っては人材サービスである。同じ技術でも、誰に売るかを変えれば別の事業になる。
いま自分が担当なら、まず「うちの技術を、いまと違う相手に売るとしたら誰か」を書き出すと思う。新しい技術を探すより先に、売り先を1つ増やすほうが早い場合がある。