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ダイキン工業は特許をただで配り、
大学には10年で、
156億円を出した

34件の記録を並べると、この会社は自分の特許を無料で配っています。低温暖化冷媒HFC-32の基本特許93件を2011年に途上国へ、2015年に全世界へ。2019年には「撤回しない」と誓約し、2021年には約300件まで広げました。同じ時期に、大阪大学と東京大学へ10年で合わせて約156億円を出しています。

Soichiro2026年9月11日じっくり読んで 約8分
記録した新規事業
34件
2007年1月のマレーシアOYL社の子会社化から、2026年8月のLiLzへの出資まで、公開情報から拾って年表に並べた件数です
いま続いているもの
33件
34件のうち、公開情報で継続が確認できるもの。役目を終えた、または次へ渡したものが1件あります
無償開放した基本特許
93件
2011年に途上国向けへ開放し、2015年に全世界へ広げたHFC-32空調機の基本特許の件数。2021年7月には対象が約300件まで広がりました
2つの大学への拠出額
156億円
大阪大学へ10年で約56億円(2017年7月〜2027年6月)、東京大学へ10年で約100億円規模(2018年12月から)の合計です
この記事はこんな方に
  • 技術を囲うか開くかで迷っている方へ。開いた側の会社が、そのあと何を得たかを公表値で並べます
  • 長い期間の投資を稟議に通したい方へ。10年という契約が、どういう書き方で公表されたかを読めます
  • 買収を検討している方へ。約2,960億円から約80億円まで、案件ごとの金額の幅がそのまま読めます
3行でいうと
  1. ダイキン工業は2011年、低温暖化冷媒HFC-32を使う空調機の基本特許93件を、途上国に対して無償開放した。2015年には同じ93件を全世界へ広げている。2019年7月には2011年以降に申請した特許について権利不行使を誓約し、発表資料には「当社の事前許可も契約も必要ありません」「この誓約も撤回されることはありません」と記載された。2021年7月には123件を追加し、対象は約300件になった。
  2. 同じ時期に、大学へ長期の資金を出している。2017年6月23日、大阪大学と情報科学分野を中心とした包括連携契約を締結。2017年7月から2027年6月までの10年間で総額約56億円(運営費用が毎年5億円、実証実験用設備等の整備費が約6億円)を拠出し、共同研究部門Di-CHiLDを設けた。2018年12月17日には東京大学と「産学協創協定」を結び、10年間で約100億円規模を拠出している。
  3. 買うときの金額は大きい。2012年11月に北米住宅用空調で首位のグッドマン社を総額37億ドル(約2,960億円)で買収完了、2018年11月にオーストリアのAHT社を8億8,100万ユーロ(約1,145億円)で、2022年4月に伊デュプロマティックMS社を2億2,000万ユーロ(約275億円)で取得した。2025年以降はAIデータセンター冷却の米DDCS社と米チルダイン社を続けて買っている。

ダイキン工業の年表を並べると、ふつうと逆のことをしている。

自分の特許を、無料で配っている。しかも1回ではない。2011年、2015年、2019年、2021年、2022年と、対象を広げ続けている。

同じ時期に、大学へお金を出している。大阪大学に10年で約56億円、東京大学に10年で約100億円。合わせて約156億円である。

この記事は2026年9月時点の公開情報にもとづきます。数値はすべてダイキン工業および各社の公表値です。

特許93件を、ただで配った

対象はHFC-32(R32)という冷媒だ。それまでの冷媒より、地球温暖化への影響が小さい。

2011年、この冷媒を使う空調機の基本特許93件を、途上国に対して無償開放した。2015年には同じ93件を全世界へ広げた。

そこで終わらなかった。2019年7月には、2011年以降に申請した特許について「権利不行使の誓約」を出した。発表資料には「当社の事前許可も契約も必要ありません」「対象特許リストに掲載された特許は、将来にわたってリストから取り消されることはありません。また、この誓約も撤回されることはありません」と書かれている。

2021年7月にはさらに123件を加えて約300件に。2022年7月にも120件を追加している。

用語特許の無償開放とっきょのむしょうかいほう

自社が持っている特許を、他社が使っても権利を主張しないと宣言すること。ふつう特許は他社に使わせないための権利ですが、あえて開くことで、その技術を使う会社を増やし、市場そのものを大きくする狙いがあります。

結果として、HFC-32の空調機は世界約100カ国で1.4億台以上が販売された(2021年7月時点の公表値)。R32を使う家庭用エアコンの市場シェアは、2022年6月時点で50%以上になっている。

囲い込むかわりに開いて、市場そのものを大きくした。1.4億台のうち、他社が売ったものも入っている

CHART

事業稼働チャート

ダイキン工業が2007年以降に始めた主な動きと、その期間
マレーシアOYL社2007–
米グッドマン(約2,960億円)2012–
欧州の冷媒事業(ソルベイから)2015–
R32特許の無償開放2011–
テクノロジー・イノベーションセンター2015–
ディー・エス・テック2007–2016
大阪大学と包括連携(10年56億円)2017–
DK-Power(マイクロ水力)2017–
豪エアマスター(約80億円)2017–
ダイキン情報技術大学2017–
エアアズアサービス2018–
オーストリアAHT(約1,145億円)2018–
東京大学と産学協創(10年100億円)2018–
point 0 marunouchi2019–
アフリカでエアコンのサブスク2020–
ZEAS Connect(定額利用)2022–
伊デュプロマティックMS(約275億円)2022–
ポーランド暖房機工場2022–
三浦工業と資本業務提携2024–
米コープランドと合弁2024–
米DDCS(DC冷却)2025–
米チルダイン(液体冷却)2025–
レアアース磁石の再生2026–
インドに研究開発子会社2026–
NTTデータとDC冷却AI2026–
伊藤忠と水平リサイクル2026–
200720112015201920232026
継続中役目を終えた

大学に、10年で156億円

もうひとつ、時間の長さがふつうではない。

2017年6月23日、大阪大学と情報科学分野を中心とした包括連携契約を結んだ。期間は2017年7月から2027年6月までの10年間。拠出は総額約56億円で、内訳は運営費用として毎年5億円、実証実験用設備等の整備費として約6億円である。大阪大学内に共同研究部門「ダイキン情報科学研究ユニット(Di-CHiLD)」を設けた。

発表資料には、新卒採用枠を100名増やしてAI・IoTの教育をするとも書かれている。実際、同年12月には社内講座「ダイキン情報技術大学」を開講し、大阪大学の教員が9カ月間指導する形で、2020年までにAI人材を約700人へ増やすことをめざした。

2018年12月17日には、東京大学と「産学協創協定」を結んだ。2018年12月から10年間で、拠出は約100億円規模。テーマは「空気の価値化」である。東京大学内に「ダイキンオープンイノベーションラボ」を開設し、ベンチャーとの協業や、世界150カ国での学生インターンシップ・プログラムも柱に挙げている。

実務のコツ

どちらも「この研究をしてください」ではなく、10年という時間と場所を先に決めている。テーマは「空気の価値化」のように広い。

TIMELINE

未確認事業年表

ダイキン工業が公開情報で発表した新規事業を、始めた順に
  • 2007.01マレーシアOYL社を子会社化空調・冷凍機を世界展開するOYLインダストリーズの全株式を取得して子会社化。アプライドとソリューションという2つの事業領域を得て、北米と新興国での基盤を築いた継続中
  • 2012.11米グッドマンの買収を完了北米住宅用空調で首位のグッドマン社の買収を総額37億ドル(約2960億円)で完了。北米で主流のダクト式住宅用空調市場に本格参入した。継続中
  • 2015.02欧州の冷媒事業に参入ベルギーのソルベイから欧州の冷媒事業を買収し、欧州での冷媒生産と自動車向け冷媒事業に参入。2018年に向けて冷媒事業の世界展開を加速する計画を示した。継続中
  • 2015.09R32冷媒の特許を全世界で無償開放低GWP冷媒R32を使う空調機の基本特許93件を、2015年9月に全世界で無償開放。2011年の新興国向け開放を先進国にも広げ、低温暖化冷媒の普及を後押しした継続中
  • 2015.11テクノロジー・イノベーションセンター開設大阪・淀川製作所内に技術開発拠点を開設。堺・滋賀・淀川の3拠点から研究者約700人を集約し、大学や異業種との協創による開発を進める体制とした。継続中
  • 2016.01ディー・エス・テックを譲渡した空調・省エネ機器の販売を担う子会社ディー・エス・テックの全株式100%を東テクへ譲渡した。九州・沖縄の販売事業は東テク側へ移った。役目を終えた
  • 2017.06大阪大学と情報科学で包括連携情報科学分野を中心に10年で約56億円を拠出する包括連携契約を締結。共同研究部門Di-CHiLDを設置し、AI・IoT人材の育成にも取り組む。継続中
  • 2017.06マイクロ水力発電のDK-Powerを設立資本金4750万円で新会社DK-Powerを設立。自治体の上水道施設にマイクロ水力発電システムを設置し、発電した電力を販売する事業を始めた。継続中
  • 2017.06豪エアマスター社を買収空調のサービス・ソリューション大手エアマスター社を1億豪ドル(約80億円)で買収。従業員約600人と約400人のサービス技術者を取り込んだ。継続中
  • 2017.12ダイキン情報技術大学を開講AI分野の技術開発と事業開発を担う人材を育てる社内講座を開講。大阪大学教員が9カ月間指導し、2020年までにAI人材を約700人へ増やすことをめざす。継続中
  • 2018.01エアアズアサービス社を設立ビルの空調空間を月額固定料金で提供する新会社を資本金6000万円で設立。三井物産が90%、ダイキンエアテクノが10%を出資した。継続中
  • 2018.11オーストリアAHT社を買収冷凍・冷蔵ショーケース大手AHT社を8億8100万ユーロ(約1145億円)で買収。売上高4億8100万ユーロ、従業員1600人の事業を取り込んだ。継続中
  • 2018.12東京大学と産学協創協定を締結10年間で約100億円を拠出する産学協創協定を締結。「空気の価値化」をテーマに未来ビジョン構築、技術創出、東大関連ベンチャーとの協業を進める。継続中
  • 2019.02AHT社の買収を完了オーストリアの冷凍・冷蔵ショーケース大手AHT社の買収手続きを完了。約1145億円を投じたダイキン初の大型冷凍・冷蔵分野の買収となった。継続中
  • 2019.04point 0 marunouchiを開設空間データの協創プラットフォームCRESNECTを活用した未来のオフィス空間を7月に開設。広さ1082平方メートル、220席の異業種共創拠点とした。継続中
  • 2019.07CRESNECTに4社が新規参画空間データの協創プラットフォームCRESNECTに新たに4社が参画し、参画企業を拡大。point 0 marunouchiで空間データの実証実験を開始した。継続中
  • 2020.06アフリカでエアコンのサブスクWASSHAと合弁会社Baridi Bardiを資本金1億円で設立。出資比率はダイキン80%、WASSHA20%で、タンザニアで日額・月額課金の空調サービスを始めた。継続中
  • 2022.04エアコン定額利用サービス開始店舗・オフィス向けの業務用エアコン定額利用サービスZEAS Connectを開始。契約期間は3〜7年で、機器・工事費や修理サービスを月額料金に含める。継続中
  • 2022.04伊デュプロマティックMS社を買収総合油圧機器メーカーを2億2000万ユーロ(約275億円)で買収。2021年売上高1億4700万ユーロ、従業員655人を取り込み欧州の油機事業を広げた。継続中
  • 2022.07ポーランドに暖房機工場を新設ヒートポンプ式暖房機の生産工場の設立を決定。投資額は約3億ユーロ(約375億円)で、2025年までに欧州の生産能力を当時の4倍に引き上げる計画とした。継続中
  • 2023.11大阪府・阪大とZEB化で連携大阪府内のZEB化推進に係る連携協定を大阪府、大阪大学と締結。2030年度に温室効果ガスを2013年度比40%削減する府の目標達成を後押しする。継続中
  • 2024.05三浦工業と資本業務提携三浦工業の発行済株式の4.67%を取得し、三浦がダイキンアプライドシステムズの株式49%を取得。工場の熱・空気・水を一括で扱う事業をめざす。継続中
  • 2024.11米コープランドと合弁会社設立インバータ・スイングロータリー圧縮機を米住宅用空調市場へ供給する合弁会社を設立。コープランドが過半を出資し、2025年前半の事業開始をめざす。継続中
  • 2025.08米DDCS社の買収に基本合意AIデータセンター冷却の米Dynamic Data Centers Solutionsの買収に基本合意。2019年設立の同社を米子会社が取得し、8月下旬の完了をめざした。継続中
  • 2025.11米チルダイン社を買収AIデータセンター向け負圧式液体冷却システムの米チルダイン社を米子会社が買収。同年8月のDDCS買収に続く2件目のデータセンター冷却の強化となった。継続中
  • 2026.04レアアース磁石の再生に協創信越化学、日立、東京エコリサイクルとの4社で業務用エアコン圧縮機のレアアース磁石を再生する協創を開始。2027年の本格稼働をめざす。継続中
  • 2026.05使用済み空調機の再資源化開始野村不動産と使用済み業務用空調機の回収・再資源化に着手。手作業で部材ごとに分別し、従来94.8%だったリサイクル率を100%へ高めた事例を得た。継続中
  • 2026.05ポーランド新工場が稼働ヒートポンプ暖房機の生産拠点の開所式を開催。約3億ユーロを投じた欧州4カ所目の生産拠点として、欧州の暖房需要に応える生産体制を整えた。継続中
  • 2026.05タイでソフト開発の合弁設立ネクスティ エレクトロニクスと空調システム向け組込ソフトを開発する合弁会社を設立。資本金4000万バーツ、出資比率はダイキン側51%、相手側49%とした。継続中
  • 2026.06インドに研究開発子会社を設立ハリヤナ州に100%子会社を資本金80億ルピー(約136億円)で設立。グローバルサウス向け大型空調の開発を担い、研究施設は2028年6月完成をめざす。継続中
  • 2026.06NTTデータとDC冷却AIを開発データセンターの冷却を最適化するAIソリューションを共同開発。2026年7月から2027年3月まで実証し、2027年の商用提供をめざす。継続中
  • 2026.06三井不動産と屋外の暑熱対策東京ミッドタウン八重洲で屋外空調機OuterTowerを2台設置する暑熱対策の取組みを開始。2026年6月11日から9月30日まで実施する。継続中
  • 2026.07伊藤忠と水平リサイクルで提携業務用空調機の水平リサイクルで包括的業務提携を締結。鉄・銅・アルミ・レアアースの4種の金属や冷媒を、回収から製品適用まで一体で管理する。継続中
  • 2026.08設備点検DXのLiLzに出資8月26日に発表。無線型IoTカメラとAIで設備点検を遠隔化するLiLz社に出資し、工場向けに点検から空調の省エネ提案までをつなぐソリューション開発に取り組む。継続中

買うほうは、はっきり大きい

配ったり出したりする一方で、買うときの金額は大きい。

2012年11月、北米住宅用空調で首位のグッドマン社を総額37億ドル(約2,960億円)で買収完了。2018年11月にはオーストリアの冷凍・冷蔵ショーケース大手AHT社を8億8,100万ユーロ(約1,145億円)で買収し、2019年2月に完了した。2022年4月には伊デュプロマティックMS社を2億2,000万ユーロ(約275億円)で取得している。

2025年からは行き先が変わった。8月にAIデータセンター冷却の米DDCS社の買収に基本合意し、11月には負圧式液体冷却の米チルダイン社を買収。2026年6月にはNTTデータと、データセンターの冷却を最適化するAIの共同開発を発表している。

新規事業マニアの解説

ここまでを、ひとつにまとめると

この会社は「配るもの」と「買うもの」をはっきり分けています。冷媒の特許のように、みんなが使うほど自分も得をするものは配る。北米の販売網やショーケースの技術のように、自分で作ると10年かかるものは、お金を払って買う。

挑戦する人の視点で見ると

ダイキン工業の34件から持ち帰れるものは、「開くことも、戦い方のひとつ」ということだと思う。

特許は、ふつう他社に使わせないための権利である。それを開いたのは、その冷媒を使う会社が増えるほど、自分の事業も大きくなると判断したからだと読める。結果として1.4億台という数字が残っている。

もうひとつは時間。大学との契約は、どちらも10年である。新規事業の稟議で10年を通すのは、たいてい難しい。だからこそ、10年で156億円という決め方が年表に残っていること自体が、参考になる。

いま自分が担当なら、聞いてみたいのは「これは囲うものですか、開くものですか」だと思う。答えが「開く」なら、稟議の書き方も、測る数字も、まるごと変わる。

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この記録がどう受け取られたのかを、みんなで確かめる場所です。

NEWFOR MEMO
新規事業マニアのメモ ─ 自分が担当だったら

自分が担当だったら、この年表から持ち帰るのは「開くことも、戦い方のひとつ」という一点だと思う。

特許93件を配って、HFC-32の空調機は世界約100カ国で1.4億台以上になった。その中には他社が売ったものも入っている。それでも自分の事業は大きくなった、という判断である。

もうひとつは時間の決め方。大阪大学と10年で約56億円、東京大学と10年で約100億円。どちらも「この研究をしてください」ではなく、期間と場所を先に決めている。テーマは「空気の価値化」のように広い。

最後に対比。配るものと買うものが、はっきり分かれている。冷媒の特許のように、使う会社が増えるほど自分も得をするものは配る。北米の販売網のように自分で作ると10年かかるものは、約2,960億円を払って買う。この線引きは、そのまま自分の事業にも当てはめられる。

Soichiro新規事業マニア
40代 / 事業開発
新規事業マニア。20代でスタートアップを立ち上げ、1社を上場企業へ売却。その後、外資系コンサルティングファーム、通信大手、大手人材グループ、国内大手ITサービスの中で、社員として新規事業の立ち上げに携わる。並行して顧問として10社近くの新規事業を担当。事業立ち上げ歴20年。名前は、本田宗一郎への敬意から。
20年 事業立ち上げ歴1社 上場企業へ売却4社 事業会社の中で立ち上げ10社 顧問として担当