日立製作所の年表を並べると、買った記録と手放した記録が、同じ1枚に並んでいる。
32件のうち、いま続いているものが20件。次へ渡したものが12件である。
そして手放した12件のうち、9件は「日立」の名前がついた会社か事業だった。日立工機、日立建機、日立金属、日立物流、日立Astemo──名前を見れば、どれも長く中核にあったものである。
「日立ABBパワーグリッド」という会社は、もうない
2020年7月1日、日立はABB社から分社されたパワーグリッド事業会社への80.1%の出資手続きを完了した。株式買取価額は68.5億米ドル(約7,400億円)。
発表資料には、新会社の従業員が約36,000人、製造・サービス・販売・研究開発のネットワークが約90カ国にまたがると書かれている。
そして社名は「Hitachi ABB Power Grids Ltd」だった。本社はスイスのチューリッヒである。
2022年12月28日、日立はABB社が持っていた残り19.9%を行使価額16億7,900万米ドルで取得し、完全子会社にした。いまの社名は日立エナジーである。
会社まるごとではなく、他社の中にある「一つの事業」だけを切り出して買うこと。切り出す側は、その事業のために新しい会社をつくってから売ります。日立がABBから買ったパワーグリッド事業も、この形でした。
買った時点では相手の名前を残し、全部を持ったところで自分の名前にしている。名前の変わり方が、持ち分の変わり方とそろっている。
事業稼働チャート
いちばん大きい買いものは、工場ではなく人だった
2021年3月31日、日立は米GlobalLogic社の買収を発表した。
金額は、有利子負債を含めて96億米ドル(約1兆368億円)。株式価値は約85億米ドル(約9,180億円)、企業価値は約95億米ドル(約1兆260億円)と記されている。
では何を買ったのか。発表資料にはこう書かれている。世界14か国に約2万人以上の従業員。そして、2021年度の売上収益は約12億米ドル(約1,296億円)を見込む、と。
売上約1,296億円の会社に、約1兆368億円を払っている。買ったのは売上ではない
同じ買い方は、そのあとも続く。2025年9月に買収で合意した独synvert社は、1991年設立で従業員550名以上、3,000件を超えるプロジェクト実績を持つデータ・AI企業である。2019年4月に取得した米JR Automation社は、生産現場の自動化を担うロボットシステムインテグレーターで、金額は14億2,500万米ドルだった。
未確認事業年表
- 2012.11英ホライズン・ニュークリア・パワー買収英国での原子力発電所建設事業へ参入。2019年1月に計画を凍結し2019年3月期に減損損失など2,946億円を計上、2020年9月に事業運営から離れた役目を終えた
- 2015.02伊アンサルドSTS・アンサルドブレダ買収鉄道信号システムと車両事業を取得。アンサルドSTS株40.1%を1株9.65ユーロ・総額7億7,300万ユーロで、アンサルドブレダと不動産を3,600万ユーロで取得。欧州での鉄道車両・信号の一貫供給体制を築いた継続中
- 2016.05Lumada 提供開始IoT向けの事業基盤。顧客設備のデータを分析し稼働を改善するサービス群。2018年度までの3年間で約1,000億円を投じる計画を掲げた継続中
- 2017.03日立工機をKKRへ譲渡電動工具子会社の保有株40.25%を米KKRへ売却。TOBには発行済株式等の約89.79%が応募し成立。社名はのちにHiKOKIへ変わった役目を終えた
- 2017.09Hitachi Vantara 発足米Hitachi Data SystemsとPentahoを統合したデジタルソリューション会社。全世界130カ所以上の拠点、従業員約7,000人で発足継続中
- 2018.10クラリオンを仏フォルシアへ譲渡カーナビ子会社の全保有株を約899億円で売却。2019年3月に手続きを終え、車載情報機器事業から離れた役目を終えた
- 2019.04米JR Automation 買収ロボットシステムインテグレーターを14億2,500万米ドルで取得。生産現場の自動化を担う事業を取り込んだ継続中
- 2019.06CVC「Hitachi Ventures」設立独ミュンヘンに設立。1億5,000万米ドル規模のファンドで欧米のスタートアップへ戦略投資を行う継続中
- 2020.01日立ハイテクを完全子会社化1株8,000円のTOBで5,311億円を投じ100%子会社に。計測・分析装置を持つ上場子会社をグループ中核事業に据え直した継続中
- 2020.07ABBのパワーグリッド事業を買収出資比率80.1%、株式買取価額約7,400億円で取得完了。日立エナジーとして送配電事業へ本格参入した継続中
- 2020.09三菱日立パワーシステムズ株を譲渡火力発電合弁の保有株35%を三菱重工へ売却。2014年2月の合弁設立から6年で火力発電事業から離れた役目を終えた
- 2021.01日立Astemo 発足日立オートモティブシステムズなど4社を統合した自動車部品会社。日立66.6%・ホンダ33.4%の出資で、2025年度に売上2兆円を掲げた継続中
- 2021.03米GlobalLogic を買収デジタルエンジニアリング企業を96億米ドル(約1兆368億円)で取得。世界14カ国に2万人以上を擁し、IT事業の中核に据えた継続中
- 2021.03画像診断関連事業を富士フイルムへ譲渡MRIやCTなど画像診断関連の事業を1,790億円で売却。2021年3月末に手続きを終え、ヘルスケア領域を絞り込んだ役目を終えた
- 2022.01日立建機株26%を伊藤忠連合へ売却1,824億円で伊藤忠商事と日本産業パートナーズの連合へ譲渡。出資比率を51%から25%へ下げ、建設機械事業を連結から外した役目を終えた
- 2022.12日立エナジーを完全子会社化ABBの残り19.9%持分を行使価額16億7,900万米ドルで取得し、2022年12月28日に取引を完了した継続中
- 2023.01日立金属をベインキャピタル連合へ譲渡保有株53.38%を売却。買収総額は約8,200億円で日立の売却益は3,280億円。2023年1月に手続きを完了した役目を終えた
- 2023.03日立物流をKKRへ譲渡物流子会社の株式を米KKRへ売却し、日立は10%を持つ戦略パートナーに。4月に社名をロジスティードへ変えた役目を終えた
- 2023.04CVC第3号ファンド設立3億米ドル規模で第1号・第2号ファンドの2倍にあたる。第2号までに21社へ出資ずみ継続中
- 2023.05Generative AI センター設立生成AIの利活用を進める専門組織。グループ32万人の業務で活用を広げ、6月から顧客向けコンサルティングを開始した継続中
- 2024.04三菱電機の配電用変圧器事業を取得日立産機システムが名古屋製作所の同事業を承継。2026年4月1日に完了予定。グリッドエッジ事業を広げる継続中
- 2024.06仏タレスの鉄道信号事業を買収GTS部門を16億6,000万ユーロで取得完了。日立レールの信号事業を欧州で大きく広げた継続中
- 2024.07空調合弁の持ち分を独ボッシュへ譲渡日立GLSが持つJCH株40%全てを総額14億米ドル(約1,950億円)で売却し、事業再編等利益約1,250億円を計上する予定と発表役目を終えた
- 2025.01米Joliet を買収高圧モータの販売・保守サービス会社をファンド3社から取得。北米のリカーリング事業と電動化製品を強化継続中
- 2025.09独synvert の買収に合意1991年設立で従業員550名以上、3,000件超のプロジェクト実績を持つデータ・AI企業。欧州・中東でのAI事業を速める継続中
- 2025.10OpenAIと戦略提携の覚書次世代AIインフラとデータセンターの世界展開で協業する覚書。送配電網、冷却設備、Lumadaへのモデル活用の3領域で進める継続中
- 2025.11日立建機株の追加売却1,500万株(議決権比率7.1%)を機関投資家へ売却。保有比率は25.4%から18.4%となり、持分法適用会社から外れた役目を終えた
- 2025.12Astemo株21%をホンダへ譲渡1,523億円で株式21%分を売却し、ホンダが連結子会社化。日立の出資比率は約40%から約20%へ下がった役目を終えた
- 2026.01AI事業ブランド HMAX 発表CES 2026で公開したフィジカルAIのソリューション群。モビリティ・エネルギー・産業の3分野に展開し、保守コストを最大15%削減する継続中
- 2026.04家電事業をノジマへ譲渡1,100億円で売却。新会社にノジマが80.1%、日立GLSが19.9%を出資する形で、日立GLSは空調事業が本業となる役目を終えた
- 2026.04分散型AIデータセンターの共同検討Jパワーやシスコ、JR東日本など7社で技術実証。鉄道会社の未使用光ファイバーを使い、全国規模のネットワークを構築する継続中
- 2026.07国産AI新会社Noetraへ出資ソニーやソフトバンクなど4社を中核とする国産マルチモーダル基盤モデルの開発会社へ出資継続中
同じ年表に、手放した記録が12件ある
買う話だけを並べると、この会社は広げているように見える。だが年表には、渡した記録が12件入っている。
2017年3月、電動工具の日立工機の保有株をKKRへ売却した。社名はのちにHiKOKIへ変わっている。2018年10月にはクラリオンの全保有株を約899億円で仏フォルシアへ。2020年9月、火力発電合弁の三菱日立パワーシステムズ株35%を三菱重工へ渡した。
2021年3月、画像診断関連事業を1,790億円で富士フイルムへ。2022年1月、日立建機株26%を1,824億円で伊藤忠連合へ売り、2025年11月にも追加で売却して持分法適用会社から外した。2023年には日立金属と日立物流が続く。日立物流の社名は、のちにロジスティードへ変わった。
そして直近の3件。2024年7月、空調合弁の持ち分40%を総額14億米ドル(約1,950億円)で独ボッシュへ。2025年12月、Astemo株21%を1,523億円でホンダへ。2026年4月、家電事業を1,100億円でノジマへ渡した。
ここまでを、ひとつにまとめると
この会社は「日立の名前がついているか」で残すものを決めていない。むしろ逆で、名前がついたものほど渡している。残したのは、送配電・鉄道・AIのように、これから伸びると判断した領域のほうです。
挑戦する人の視点で見ると
日立製作所の32件から持ち帰れるものは、「新しいことを始めるには、同じ数だけ手放す必要がある」ということだと思う。
この会社は2012年からの14年で、約1兆368億円のGlobalLogic、約7,400億円のABBパワーグリッド、16億6,000万ユーロのタレス鉄道信号事業を買っている。その原資がどこから来たのかは、同じ年表の「渡した」側を見ればわかる。日立建機、日立金属、日立物流、Astemo、家電。どれも売却額が公表されている。
もうひとつは、渡し方である。売った先で、会社は消えていない。日立工機はHiKOKIに、日立物流はロジスティードになった。家電事業も、ノジマが80.1%・日立GLSが19.9%を持つ新会社という形をとっている。
いま自分が担当なら、新しい案を持っていくときに「これを始めるかわりに、何を渡しますか」まで書くと思う。予算の話ではなく、人と時間の話として。