460億ポンドで買って、そのあと2年で渡している
武田薬品工業の37件を並べていて、いちばん目を引いたのは買う話と渡す話の距離の近さだった。
2018年5月8日、アイルランドのシャイアーを買う申出が出た。シャイアー株1株あたり30.33米ドルの現金と、武田の新株式0.839株(またはADR1.678株)。2018年4月23日の為替を基準にすると1株49.01ポンド、総額は約460億ポンドである。コストシナジーは、買収完了後3事業年度の終わりまでに年間少なくとも14億米ドルに達すると見込むとされた。
買収は2019年1月8日に完了した。そして、その2か月後から動きが変わる。
その会社が「これからの中心にはしない」と決めた事業や製品のことです。もうからないから外す、という話とはかぎりません。中心に選んだ分野へ人とお金を寄せるために、それ以外を別の会社へ渡す、という整理の仕方です。渡された側にとっては、育てる余地のある事業になります。
2019年3月、大阪本社の武田道修町ビルなど不動産21物件と賃貸・管理業務を新会社へ承継し、株式を渡した。税引前で約380億円の利益を計上している。
2019年7月2日、ドライアイ治療薬Xiidraをノバルティスへ。一時金34億米ドル、追加で最大19億米ドルのマイルストンを受領する可能性があるとされた。
2019年11月5日、ロシア・CISの一般用医薬品など約20製品をSTADAへ6億6,000万米ドル。約500人が移った。
事業稼働チャート
37件を並べて、はじめに思ったのはここでした。
大きく買った会社は、その直後に、いちばん多く手放しています。
買うことと渡すことは、別々の話に見えて、同じ1本の線でつながっている。買う代金を、持っていたもので払っているという言い方が、いちばん近いと思いました。
渡した先には、名前のある会社が並んでいる
2020年も続く。3月に中南米・カリブ地域の一般用・処方薬をHyperaへ8億2,500万米ドル(約300人が移り、2021年2月1日に完了)。6月にアジア太平洋9つの国と地域の18製品をセルトリオンへ最大2億7,800万米ドル。
8月24日にはアリナミンなどを持つ武田コンシューマーヘルスケアをブラックストーンへ。企業価値2,420億円で、2021年3月31日に完了した。9月には外科用止血材TachoSilをCorza Healthへ3億5,000万ユーロ、12月には中国の循環器・代謝領域の5製品をHastenへ3億2,200万米ドル。
そして2021年4月1日、ネシーナ、リオベル、イニシンク、ザファテックの糖尿病治療薬4剤を帝人ファーマへ1,330億円で渡した。
この中国での譲渡を発表した2020年12月21日のリリースに、まとめの数字が書かれている。
2019年1月以降現在まで、売却合意した案件を含め10案件で合計最大約113億米ドルの売却について公表し、100億米ドルの売却目標額を超過しました
大手が「渡す側」に回るとき、受け取る側にも名前があります。
武田薬品の記録では、富士フイルム(和光純薬)、ノバルティス(Xiidra)、STADA、Hypera、セルトリオン、ブラックストーン、Corza Health、Hasten、帝人ファーマが受け取っています。大手が中心から外した事業は、別の会社にとっての入口になっています。
自分の会社を大きくする道は、新しくつくることだけではありません。誰かが渡そうとしているものを受け取る、という道もあります。この年表は、その入口が実際にいくつ開いたかを、日付と金額で見せてくれます。
渡す一方で、つくる場所も増やしている
渡す話ばかりではない。同じ期間に、新しくつくったものも記録に残っている。
2018年4月18日、湘南ヘルスイノベーションパークを開いた。自社の研究所を外部に開放するサイエンスパークで、入居20社から5年で150社超・約2,000人規模へ広がった。2023年4月には産業ファンド投資法人、三菱商事との共同出資会社へ運営を移している。
2017年7月1日には、湘南の創薬研究機能を分社化したアクセリードが営業を始めた。スクリーニングから安全性評価まで外部から受託する、国内初の統合創薬支援会社である。
2021年6月1日には、京大iPS細胞研究所との共同研究T-CiRAの成果を引き継ぐ再生医療企業オリヅルセラピューティクスが始動した。計約60億円を調達し、従業員は約60人だった。
2023年3月には、大阪市淀川区の血漿分画製剤の新施設に約1,000億円を投じると発表している。2030年ごろの稼働で、国内の製造能力を約5倍にし、年200万リットル超の血漿を処理する計画である。
未確認事業年表
- 2008.04米ミレニアムを買収がん領域強化を狙い88億ドルで公開買付けを実施。1株25米ドル。当時の日本企業による製薬M&Aとして最大規模継続中
- 2011.02湘南研究所を竣工国内の研究機能を集約したグローバル研究拠点。敷地約25万平方メートル、延床約30万8000平方メートル、投資額は約1470億円継続中
- 2011.09スイスのナイコメッドを買収完了2011年9月に統合を完了し、販路を70を超える国々へ広げた継続中
- 2012.05ブラジルのマルチラブを買収2012年5月25日に買収で合意。取得額は5億ブラジルレアルにマイルストン4,000万レアルを加えた条件で、同社の2011年売上は1億4,000万レアル継続中
- 2012.10米リゴサイトを買収しワクチン参入ノロウイルスワクチンを開発する米バイオベンチャーを契約一時金6000万ドル(約47億円)で取得した継続中
- 2013.05米インビラゲンを買収デング熱ワクチンなどを持つ米バイオベンチャーを取得。一時金3500万ドルにマイルストン2億1500万ドルを加え総額最大約2億5000万ドル継続中
- 2015.04京大iPS細胞研究所とT-CiRA開始10年間の共同研究契約。研究費200億円に加え設備・人件費など120億円以上を拠出し、両者から約100人体制で始動。2025年に契約期間を終えた役目を終えた
- 2016.04テバとの合弁 武田テバ薬品 設立日本の後発薬・長期収載品事業を統合した合弁会社。持株会社はテバ51%・武田49%の出資比率。2025年に保有株式をすべて譲渡した役目を終えた
- 2016.12和光純薬工業を富士フイルムへ譲渡試薬子会社の保有株式71.78%すべてを1株8535円、総額約1985億円で譲渡すると発表した役目を終えた
- 2017.02米アリアドの買収を完了がん領域強化へ1株24米ドルで公開買付けを実施。約35億ドルの新規借入で資金を調達した継続中
- 2017.07創薬支援子会社アクセリードが始動湘南の創薬研究機能を分社化して4月に設立、7月1日に営業開始。スクリーニングから安全性評価まで外部から受託する国内初の統合創薬支援会社継続中
- 2018.01ベルギーのタイジェニックスを買収クローン病の複雑痔瘻に対する幹細胞治療を取得。1株1.78ユーロ、完全希薄化ベースで総額約5億2000万ユーロの公開買付けを実施継続中
- 2018.04湘南ヘルスイノベーションパーク開設自社研究所を外部に開放するサイエンスパークとして4月18日に始動。入居20社から5年で150社超、約2000人規模へ広がった継続中
- 2018.05アイルランドのシャイアー買収を提案1株49.01ポンド、総額約460億ポンドでの買収を申し出。コストシナジーは年14億ドル以上を見込むとした継続中
- 2018.08創薬エコシステム向け投資組合を設立ウィズ・パートナーズと合意し11月に創薬維新投資事業有限責任組合を組成。子会社アクセリード1社を現物出資した継続中
- 2019.01シャイアーの買収を完了1月8日に完了。武田株主の89.1%、シャイアー株主の99.8%が賛成した。売上高300億ドル超、約80の国と地域で事業を展開する体制へ継続中
- 2019.03不動産事業を会社分割で譲渡大阪本社の武田道修町ビルなど21物件と賃貸・管理業務を新会社へ承継し、3月22日に株式を譲渡。税引前で約380億円の利益を計上した役目を終えた
- 2019.07ドライアイ治療薬Xiidraを譲渡ノバルティスへ一時金34億ドルで譲渡完了。マイルストンは最大19億ドル。2018年売上は3億8800万ドル役目を終えた
- 2019.11ロシア・CIS製品をSTADAへ譲渡一般用医薬品など約20製品を6億6000万米ドルで譲渡。約500人が移籍し2020年3月に完了した役目を終えた
- 2020.03中南米の製品群をHyperaへ譲渡ブラジル、メキシコなど中南米・カリブ地域の一般用・処方薬を8億2500万米ドルで譲渡。約300人が移籍し2021年2月1日に完了した役目を終えた
- 2020.06アジア太平洋18製品をセルトリオンへ韓国、豪州、台湾など9つの国と地域の18製品を最大2億7800万米ドルで譲渡。2020年12月に完了した役目を終えた
- 2020.08コンシューマーヘルスケア事業を譲渡アリナミンなどを持つ武田コンシューマーヘルスケアをブラックストーンへ事業価値2420億円で譲渡すると発表。2021年3月31日に完了した役目を終えた
- 2020.09外科用止血材TachoSilを譲渡2019年5月に合意したエチコンへの譲渡は欧州委員会の競争上の懸念により2020年4月に契約終了。最終的に2020年9月にCorza Healthへ3億5,000万ユーロで譲り渡した役目を終えた
- 2020.12中国のノンコア5製品をHastenへ循環器・代謝領域の5製品を3億2200万米ドルで譲渡。2019年売上は約1億950万米ドル役目を終えた
- 2021.03米マーベリックを買収固形がん向け条件付き活性化型T細胞誘導基盤を取得。一時金とマイルストンで最大5億2500万米ドル継続中
- 2021.04糖尿病治療薬4剤を帝人ファーマへ譲渡ネシーナ、リオベル、イニシンク、ザファテックの4剤を1330億円で譲渡完了。4月1日に実行した役目を終えた
- 2021.06iPS新会社オリヅルを設立し出資T-CiRAの成果を引き継ぐ再生医療企業として4月に設立、6月1日に始動。計約60億円を調達し、従業員は約60人継続中
- 2021.10英ガンマデルタ社を買収同種Vδ1ガンマデルタT細胞療法の2つの基盤を取得。2017年の提携で得た買収オプションを行使する形をとった継続中
- 2022.01英アダプテート・バイオを買収GammaDeltaから2019年に分社した抗体型γδT細胞エンゲージャー基盤を取得。1年間で3件目となるbuild to buy型の買収案件継続中
- 2022.12米ニンバスのTYK2阻害薬を取得経口アロステリックTYK2阻害薬を持つ子会社を一時金40億ドルで取得。2023年2月に完了した継続中
- 2023.03大阪工場に血漿分画製剤の新施設約1000億円を投じ大阪市淀川区に建設。2030年ごろ稼働で国内の製造能力を約5倍にし、年200万リットル超の血漿を処理する継続中
- 2023.04湘南アイパークの運営体制を変更産業ファンド投資法人、三菱商事との共同出資会社へ運営を移管。入居は150社超で約2000人規模継続中
- 2024.01米プロタゴニストと希少血液疾患で提携真性多血症治療薬候補の全世界ライセンス・共同開発契約。一時金3億米ドルで、米国の損益は50対50で分担する枠組み継続中
- 2024.12武田テバファーマの保有株式を譲渡合弁で持つ49%すべてをJ・ウィル・パートナーズが設立した会社へ譲渡。約550億円を受領し2025年4月に完了した役目を終えた
- 2025.10中国イノベントとがん領域で提携二重特異性抗体とADCの2剤について中華圏外の権利を取得。一時金12億米ドル(1億米ドルの株式取得を含む)を支払う契約継続中
- 2025.10AI創薬の米ナブラ・バイオと提携抗体医薬のAI設計で2件目の契約。マイルストンを含め最大10億米ドル規模継続中
- 2026.07AI創薬の米インシリコと戦略提携生成AIによる創薬で提携。研究開始一時金と短期マイルストンで約6000万米ドル、総額は最大約6億米ドル継続中
この記事でいちばん実用的だと思ったのは、渡した先の名前でした。
帝人ファーマ、富士フイルム、セルトリオン、Hypera、Hasten。どれも、武田が中心から外した事業を受け取っています。
大手が「これは中心ではない」と決めた瞬間に、その事業は別の会社の入口になります。渡す側の年表は、受け取る側から見ると、機会の一覧です。
挑戦する人の視点で見ると
武田薬品工業の37件から持ち帰れるものは、「大きく買うと決めた会社は、そのぶん何かを渡す」ということだと思う。
2018年5月に約460億ポンドの買収を申し出て、2019年1月に完了し、2020年12月には10案件で合計最大約113億米ドルを公表するところまで来ている。買うと決めたことと、渡すと決めたことは、別々の判断ではなく、同じ計画の表と裏である。
もうひとつは、渡すものの選び方だ。渡したのは不動産、地域ごとの一般用医薬品、糖尿病治療薬、止血材、コンシューマーヘルスケア。残したのは、研究の場所と、新しい薬をつくる仕組みだった。湘南アイパークもアクセリードもオリヅルも、この期間に開いている。何を渡すかは、何を残すかを先に決めないと選べない。
最後に、時間の話。2008年4月の米ミレニアム買収から2026年7月のAI創薬提携まで18年3か月ある。その真ん中に、買って渡した2年がある。いまの武田薬品の形は、その2年で選び直されたものだと思って眺めると、少し違って見えると思う。