1. 「若いのに、えらいね」
二十五歳だった。会社を作ると決めて、貯金は八十万円しかなかった。
紹介で会った人は、六十代で、いくつも会社をやっていると言った。名刺の肩書きは三つあった。話を聞いて、「若いのに、えらいね」と言い、「三百万、出してやるよ」と言った。その場で。
登記は、その人の知り合いの司法書士がやった。株の比率は、その人が七十五、僕が二十五。「最初はこれで。軌道に乗ったら、君に返すから」。僕は、資本金の数字しか見ていなかった。七十五という数字の意味を、知らなかった。
——七十五パーセントは「三分の二より多い」という意味だ。会社の大事なことを、全部一人で決められる数字。
2. 「今じゃない」
一年目、製品ができた。二年目、売上が立った。その人は月に一度、会社に来て、「頑張ってるね」と言って帰った。株の話をすると、「今じゃない」と言った。「税金の問題がある」「タイミングを見てる」「信用してないの?」。
三回目に聞いたとき、その人は少し声を低くして言った。「君の会社は、僕の会社でもあるんだよ」。
法律的には、その人の会社だった。
——僕はまだ、それを「気まずい」としか思っていなかった。「危険」だと分かるのは、次の春だ。
3. 一分で終わった面談
シードの調達に動いた。製品は評価された。三社目のVCが、株主名簿を見て、一分で言った。
「創業者が二十五パーセントで、七十五パーセントを個人の方が持っている。その方は、次のラウンドで薄まることに同意しますか。取締役から外れますか。……失礼ですが、これは、あなたの会社ですか」
答えられなかった。
VCは、こう続けた。「株を返してもらう約束は、書面にありますか」。なかった。「あとで返す」は、口約束だった。三年間、ずっと。
4. 「返す」の値段
弁護士に相談した。一時間、二万円。それで全部が分かった。
その人が株を「返す」には、譲渡か、会社が買い取るかしかない。どちらも、その人が「いくらで」と言える。その人は、三百万円で買った株を、「今の会社の価値なら」と言って、三千万円と言った。売上が立った会社の株は、もう三百万円ではなかった。僕が会社を育てた分だけ、返してもらう値段が上がっていた。
払えなかった。VCは、この状態では出せない。融資は、代表が二十五パーセントしか持っていない会社に、渋い顔をした。
5. あとで分かったこと
騙された、と思っていた。でも弁護士は、静かにこう言った。「騙されたというより、最初に何も決めていないんです。決めていなければ、持っている人が決められる。それだけです」。
七十五という数字を、登記の日に一分だけ調べていれば。「あとで返す」を、一枚の紙にしていれば。八十万円しかなくても、その三百万円を断っていれば。
会社は、その後も続いた。ただし、僕のものではない形で。
先に決めておくこと(創業前の3つ)
- 株を渡す前に、その数字の意味を調べる。 50%超は「普通のことを決められる」、3分の2(67%)以上は「会社の大事なことを全部決められる」、3分の1(34%)超は「大事なことを止められる」。渡した瞬間に、その人はその力を持つ。
- 「あとで返す」は、口約束なら存在しない。 返す時期、値段、条件を書面に。書面にできない相手なら、その人のお金は受け取らない。
- 最初の株主は、次の投資家が最初に見る。 創業のときに株を渡した相手は、三年後のVCの面談に、名簿の一行として同席する。
それと、一つだけ。 貯金が八十万円しかなくても、三百万円を断る選択肢はある。融資(公庫の創業融資)は、株を渡さない。
この話の次に起きること
#05 株主が取締役を降りない(「僕の会社でもある」が、会議室で本当になる日)
#02 辞めた共同創業者の株、いくらで買い戻す?(値段は「持っている人」が言える)
#01 「親友だから半々で」(相手が善人でも、決めていなければ同じことが起きる)